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【ランニング】フルマラソンを走るたびに、あなたはなぜ足を痛めるのか?~「ジミー」と呼ばれたランニングシューズの話。~



あなたはこのシューズの虜(とりこ)になる

そのランニングシューズは、「Jimmy(ジミー)」と呼ばれた。
ジミーというからには「男」なのだろう。
いや、もし彼が、巷のマラソンブームを彩(いろど)るような、シャレオツカラフルなデザインであったならば、「ハーディー(派手)」とでも呼ばれ、可愛い女の子として扱われていたかもしれない。
しかし、彼のいでたちは、おそろしく「ジミー(地味)」であったのだ。

彼の本当の名前は「GEL SOUNDER(セルサウンダー)」という。
「ジミー」ことゲルサウンダーさん

このシューズをはじめて見たランナーの多くは、履くことに難色を示した。

「えー、これランニングシューズなんですかー?」
「ウォーキングシューズか登山靴みたいー!」
「このデザイン、なんとかなりませんかねー」

しかし、一度足を入れると、誰もがこのシューズの虜(とりこ)になった。

「足が楽!歩きやすい!走りやすい!」
「こんないいシューズがあったんですね!」

この5年間、オリンピアサンワーズで最も多くフィッティングされたのは、この「ジミー」ことゲルサウンダーさんである。
ジミーはいい仕事をした。
たくさんの奇跡を起こした。
外反母趾で歩けない人も、マラソンで膝を痛めたランナーたちも、ジミーをオーダーメイド・インソールでフィッティングすれば、百発百中で問題が解消した。

なぜ、ジミーは奇跡を起こせたのか?
その説明の前に、ランニングにおける大事な話をしなければなるまい。


足を痛める理由。タイムが伸びない理由。

ランナーの誰もが、ケガや故障なく、1分でも1秒でも速く走りたいと願っている。
そんな、カラダにムリがなく、動きにムダのない、「効率的なランニングフォーム」を身につけるには、どうすればいいのか?
川見店主は訴える。
『正しく立つ・歩く』練習をするしかないと。
その話↓
 「正しく歩く」のポイントは次の5つだ。

1)姿勢をよくし、腰を入れる
2)足を前に出す時に外股・内股にならない
3)膝をビシっと伸ばす
4)足指でしっかり地面を踏みしめる
5)拇指球(ぼしきゅう)で地面を押す

「正しく歩く」と、足元の重心が「スムーズに流れて」移動する。
こんな風に↓
足指を踏みしめ拇指球で地面を押すと、スムーズに重心が移動する

この「スムーズな重心移動」が、
・足首や膝に負担が少ない(ムリがない)
・カラダが速く前に進む(ムダがない)
という「効率的なランニングフォーム」をつくりだす。
だから、ケガや故障をしにくく、タイムは伸びやすい。

しかし、日本人の多くは、足元の重心が「外側に流れて」移動する。
試しに、あなたのシューズを見てほしい。
アウトソールは、外側ばかりが摩耗していないだろうか?
こんな風に↓
重心が外側に流れると、ケガや故障の原因となる

このように、足元の重心が「外側に流れて」移動すると、
・足首や膝に負担が大きい(ムリがある)
・カラダが前に進みにくい(ムダがある)
という「効率の悪いランニングフォーム」をつくってしまう。
だから、足を痛めケガや故障を頻発する可能性が高く、タイムは伸びずに頭打ちするのだ。


原因は「骨格」と「足指」にあった

なぜ、足元の重心が外側に流れてしまうのか?
様々に原因が考えられるが、大きくは次の2つが挙げられる。

<原因1.「骨格」>
日本人は「O脚」気味の人が多く、それだけで重心が外側に寄りやすい。

<原因2.「足指」>
人類史上かつてない高度な文明の中で生きる現代人は、地面を裸足(はだし)で歩く習慣がなく、かつ、運動量が激減している。
その影響で「足指の運動機能」が低下し、
4)足指で地面を踏みしめる
5)拇指球(ぼしきゅう)で地面を押す
という「正しい歩き方」ができず、「スムーズな重心移動」をつくることができない。
その結果、「O脚」で外側に寄りやすい重心は、拇指球側に移動できず、そのまま外側に流れていってしまうのだ。

また、「足指の運動機能」の低下は、日本人のみならず、人類の行く末にもかかわる問題である。
ある専門家は警鐘を鳴らす。
「このままでは、やがて足指は退化し、踵(かかと)に重心がかかりすぎて、人類は歩くどころか、ひっくり返って直立もできなくなる」と。


足指を動かし「歩く・走る」力を呼び覚ませ!

2001年、この「足指問題」を解決するために、あるシューズがアシックスから誕生した。
その名は、「フィンガー・トゥ・シューズ(Finger Toe Shoes)」。
これだ!↓
2001年、アシックスより第1号が発売された「ヴァイタル・フィンガートゥ・シューズ」。
「足指が元気になるシューズ」とでも訳せるかな?

川見店主は、このシューズを初めて見た時、興奮した。
そして、思った。

「ここに『シューズの未来』と『人類の希望』がある」

このシューズは、なんと、履くだけで足指が活発に動き出し、地面を踏みしめられる構造になっているのだ!勝手に「正しく歩けちゃう」のだ!すっごい!
その仕組みを説明しよう。

<フィンガートゥ構造>
つま先部分に<凹(へこ)み>をつくり、足指で地面を踏みしめやすくした。素足で歩くように足指が勝手に地面をつかみ、「スムーズな重心移動」を実現できる。

<オブリーク・ラスト>
日本人で最も多い足のかたち「オブリーク」に合わせた「ラスト(木型=靴型)」を採用。足指が動きやすく解放される。
日本人に最も多いのは「オブリーク型」(右端)と言われている。

この2つの仕組みが、足指本来の運動機能を高め、人間の「歩く・走る」力を呼び覚ました。

川見店主は、2001年の発売当初からこのシューズを高く評価し、来店するすべての人たちにすすめ、フィッティングした。結果、足のトラブルを克服して歩けるようになった人、走れるようになった人の例は、枚挙にいとまがない。
書籍にも<フィンガー・トゥ・シューズ>の効果が紹介された。
「突然、足が速くなる」(2008年発行・絶版)

ある男の子は、中学~高校生活の6年間をこのシューズと共に過ごし、「正しく立つ・歩く」を徹底的にカラダに叩き込んだ。無名の短距離選手だった彼は、高校3年の時に100mを10秒66で走り全国インターハイに出場、あの「日本人初の9秒台スプリンター」桐生祥秀選手の隣で走るまでにいたった。
その男の子の話↓

画期的な<フィンガー・トゥ構造>は、2002年以降には「GELLIQUE(ゲルリーク)」という名のランニングシューズに採用され、毎年シリーズ化された。しかし、2007年には生産が打ち切られた。

当店のお客様には、このシューズを必要とする人がたくさんいた。
川見店主は、「ゲルリーク」の再生産をアシックスに直訴した。
2010年、「ゲルリーク」は、オリンピアサンワーズ・モデルで、限定300足の復活を果たす。
これだ↓
「ゲルリーク」サンワーズモデル。このシューズの構造と効果は、特別サイトでより詳しく

限定300足は、大切に、大切に、このシューズを必要とする人の足にフィッティングされた。そして、これを最後に、<フィンガー・トゥ構造>を持つシューズは、世界から消えた。


足に優しい「オブリーク」

ゲルリークなき後、その代わりをつとめたシューズが、「ゲルサウンダー」だった。
ゲルサウンダーには、ゲルリークの<フィンガートゥ構造>はなかったが、日本人の足に合わせた<オブリーク・ラスト>を継承していた。
だから、足指が活発に動かせ、ランニングフォームを鍛えるための「歩く・ゆっくり走る」トレーニングに最適だった。
足に優しいゲルサウンダーの<オブリーク・ラスト>


ゲルサウンダーは「ゲルリーク」と同じように、多くの奇跡を生み出した。
特に、「腸脛靭帯炎(ちょうけいじんたいえん)」で膝を痛め走れなくなったランナーたちに、効果はてきめんだった。オーダーメイド・インソール<アムフィット>でフィッティングすれば、百発百中で膝の痛みがなくなり、走れるようになった。膝がボロボロになっていたあるランナーは、このシューズをフィッティングした3か月後にはフルマラソンでサブ4を達成、10か月後にはウルトラ100kmを完走、2年後にはサブ3.5まで達成してしまった。
そのランナーの話はこちらのブログで

ゲルサウンダーを、多くの人に知ってほしかった。
親近感をもってもらえたらと「ジミー」なんてニックネームを勝手につけた。
ブログにもできる限り紹介した
ジミーの名は徐々に浸透していった。
お客さんたちは、うれしそうに(時に半笑いで)彼をニックネームで呼んでくれた。

「じゃあ、今日のシューズはジミーで!」
「あ、やっぱり僕の足にはジミーですか!」
「普段履き用と、スローラン用に、ジミーちゃんをお願いします!」

しかし、そのジミーも、とうとう生産が打ち切られることになった。


さよなら、ジミー。

今年も、たくさんのお客さんにジミーをフィッティングしてきた。
しかし、ここ最近のフィッティング例を紹介している当店のインスタグラムには、ジミーの画像はほとんど公開されていない。
なぜか?

だってー、ジミーの写真ばかりを並べてもー、インスタ映えしないじゃないですかー。

だから、このブログに、ジミー最後の勇姿をご紹介する。
50名のみなさんの足元におさまったジミーたちを、とくとご覧あれ!
ほーら、地味ー!地味ー!地味ー!

ジ・ミ・イ!
ジ・ミ・イ!
ジ・ミ・イ!
(湧きおこるジミーコール)

今年も、多くの人たちがジミーを履き、歩けるように、走れるようになった。
ジミーにめぐり会った人は幸せである。
ジミーを履く人は勇者である。
どうか、最後までジミーを大切にしてあげてほしい。
地味に、地道に、ジミーと共に「正しく立つ・歩く」の練習をつづけてほしい。
ジミーは、必ずあなたを、新しいステージへと連れて行ってくれるだろう。

ああ、さよなら、ジミー!
またどこかでキミに似たシューズに出会うことを祈る。
そして、ジミーを履くみなさまに幸あれ!栄光あれ!



(おわりです)

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