初フルマラソン6時間40分から「ほぼほぼサブ4」で走れるようになった男性ランナーの話をしたい。



初フルマラソンでどえらい目に遭う


2012年11月。第2回神戸マラソン。

足をひきずりながら一人の男性が歩いていた。

「おいおい、自分はまだこんなところを歩いているのか。そして、今からあんなところまで歩きつづけないと終われないのか!」

社会人になるまで神戸の隣の市に住んでいた。
このマラソンで走るコースは、地元と呼んでもいいくらいによく知っている町並みだ。
だからこそ、42.195kmという距離の遠さを実感していた。

甘かった、と思う。
神戸マラソンに申し込んだのは、ちょっとしたお祭り気分に乗ったのだ。
まさか当選するとは思わなかった。
レースの当日まで練習は何もしなかった。
ホントに、一切、走らなかった。
まぁ、なんとかなるだろう、と思っていた。

なんともならなかった。

やめたいと思ったけど、沿道の人たちの応援と視線がやめさせてくれなかった。
甘かった、と何度も思う。
すでにカラダの色んなところが悲鳴をあげている。
何度も立ち止まり、屈伸し、また歩きはじめる。

ゴールは遠い。まだまだ、はるかに、遠い。

*****

本日のお客様は、愛知県からお越しの「ほぼほぼサブ4」ランナーY1Rさんです。

――Y1Rさん、こんにちは。

Y1Rさん:「こんにちは」

――Y1Rさんがランニングをはじめられたのは5年前の神戸マラソンからだそうですが。

Y1Rさん:「はい、どえらい目に遭いました

――初めてのフルマラソンとなったその神戸マラソンを、一切練習せずに出場されたそうですが、さすがに完走は無理だったでしょう?

Y1Rさん:「それが完走したんです。まぁ、ほぼ完歩ですけども」

――ほ、本当ですか!?42.195kmを歩きつづけたんですか!ちなみにタイムは?

Y1Rさん:6時間40分かかりました」

――うわっ、逆にすごい!よくぞゴールにたどりつきましたね。

Y1Rさん:「まぁ、がんばったと思います。自分で自分をほめてやりたいです

――メダリストのようなお言葉です。走り終わった後、いや、ちがいますね、歩き終わった後、どんなお気持ちでしたか?こんなツラい思いをして、フルマラソンなんてもう二度とごめんだ!って思われたんじゃーないでしょうか。

Y1Rさん:「いいえ、感動してました

――な、何に感動されたんでしょう?

Y1Rさん:やりきったな、っていう」

――そ、そうでしたか。たしかに、42.195kmを7時間近くかけて歩き通されたのですから、達成感は参加者の誰よりもあったかもしれません。

Y1Rさん:「そして、悔しさがありました。今度は42.195kmを歩かずに走りつづけてゴールしてみたいなと思ったんです」



奇跡のインソールに出会う


――どえらい目に遭った神戸マラソン、その悔しさから、Y1Rさんのランニング人生がはじまるのですね。

Y1Rさん:「そうです。自分なりに練習して、次のフルマラソンは5時間20分で走れました。しかし、長い距離を走ると膝が痛くなる。どうにかならないかと、いろんなランニングシューズや既製のインソールを買って試してみたんですけど、どうにもならなかったです」

――そんなに苦労されてたのですね。

Y1Rさん:「1年間、膝の痛みに苦しみつづけ、試行錯誤の末、やっとこのお店を見つけました

――Y1Rさんが初めてご来店されたのは、2013年の年末でした。ご家族と一緒にご来店されたのを覚えています。2足のランニングシューズをフィッティングしましたね。
2013年12月末。初ご来店のY1Rさんに、走りこみ用とレース用の2足のランニングシューズをフィッティングした時の写真。Y1Rさんは翌年2月に京都マラソンをひかえていた。

Y1Rさん:「そして、1か月半後、京都マラソンを5時間07分で完走できました。膝の痛みもまったくなし。ゴールしてもまったく疲れず、家まで走って帰れるんじゃないかと思ったほどでした」

――それからのY1Rさんの走りっぷりは、旧ブログでも度々ご紹介させていただいてます。ウルトラ100kmに挑戦されたり、お子さんと共にランニングを楽しまれたり、はたまた、無茶をしすぎてお店に居合わせた看護師さんに怒られたりと、Y1Rさんの話題には事欠きません。

Y1Rさん:「この店でシューズをフィッティングするようになってから、どれだけ走っても膝が痛くなることはありません。奇跡のインソールに出会えたって思ってます」



サブ4まで41秒


――初ご来店からのY1Rさんの主なフルマラソン戦歴はこんな感じです。

・2014年02月 京都 5:07:09
・2014年10月 大阪 4:53:41
・2015年02月 京都 4:13:39
・2015年11月 神戸 4:06:57
・2016年04月 徳島 4:04:38
・2017年03月 静岡 4:02:53
・2017年03月 徳島 4:00:40

Y1Rさん:「まぁ、少しづつですが、自己ベスト記録は更新してます」

――2015年11月の神戸マラソンからは、フルマラソンを走るたびに2分ずつ記録を更新されてます。もう「ほぼほぼサブ4」ランナーですね。

Y1Rさん:「はい」

――特に今年3月の徳島マラソンでは4時間切りにあと41秒まで迫られました。

Y1Rさん:「はい」

――もうちょっとがんばったら、サブフォー達成できたんじゃないですか?

Y1Rさん:「がんばったんですけどもね」

――なんかですね、ここまでくると、Y1Rさんのことだから狙って4時間切ってないんじゃないかっていう(笑)。

Y1Rさん:「狙ってないですって!がんばって走ってるんですって!」

――Y1Rさんと言えば、フルマラソンのタイムを「サブ3」「サブ3.5」「サブ4」よりも細かく刻んで計算して、どんなタイムでも「サブ○○」と表示する方式を発案されました。我々はそれを「Y1Rさん方式」と呼んでます。

Y1Rさん方式でのタイム表示。本人のさじ加減でいくらでも細かく時間を刻め、誰でも「サブ○○達成!」と自慢できる。ただ、パッと見ではタイムがよくわからず、結局は暗算する労力が求められる。

この方式でいきますと、Y1Rさんの現在の自己ベスト記録は4時間1分切りなので、えーっと(電卓をたたく)、でました、「サブ4.01666……」となります。

Y1Rさん:「もう、よくわかりませんね、数字が。今年はきっちりサブ4達成します」

つーわけで、目指せサブ4!
ここ1年間、ブログでご紹介できてなかったY1Rさんとのシューズのフィッティングをどどーんとご紹介する今日のアムフィット!
装着したオーダーメイドインソールは、いずれも最上級インソールのゼロ・アムフィットでっす!

・2016年7月の2足
走りこみ用とレース用の真っ赤なランニングシューズをフィッティング!


・2017年1月の1足
レース用のランニングシューズをフィッティング!


・そして今回2017年7月の2足
走りこみ用とレース用のあっおいランニングシューズをフィッティング!


さぁさぁさぁ、履き心地はいかがでしょーかー!

Y1Rさん:「ちょっと、外に走りに行ってきます」


(10分経過)


Y1Rさんがお帰りです。汗だくです。

Y1Rさん:アッつ!大阪アッつ!

川見店主:「シューズどうでしたか?」

Y1Rさん:「いい感じです。これで大丈夫です」

川見店主:「もう1足のシューズも仕上がってます」

Y1Rさんはシューズを履きかえて、店内を走られる。

Y1Rさん:「いい感じです。いけます」

川見店主:「ホントですか?心配ですからもっと走ってみてください。外にも走りに行ってみてください」

Y1Rさん:外、アッついですから

川見店主:「でも、ある程度走っていただかないと、クツずれが心配です。愛知県に帰られたらもうインソールの調整ができませんから、もっと外で走ってきてください」(←鬼のような店主)

Y1Rさん:「わ、わかりました。じゃあ走ってきます(しぶしぶ外に走りに行かれる)」


(5分経過)


Y1Rさんがお帰りです。汗だくだくです。

Y1Rさん:アッつ!大阪アッつ!

川見店主:「早いですね。シューズどうでしたか?」

Y1Rさん:「いけますって。大丈夫ですって」

川見店主:「ホントですか?もっと走ってこなくていいですか?」

Y1Rさん:「もうね、今走りに行かされても、そこらのビルの影で時間つぶして帰ってきますよ(笑)」

川見店主:「なんか中学生みたいですよ(笑)」



北海道マラソンは許されるか?


さて。

Y1Rさんの今後のレース予定は次のとおり。

・08月27日 北海道マラソン
・11月23日 福知山マラソン

Y1Rさん:「でも、ここにきて問題が発生してるんですよね」

――といいますと。

Y1Rさん:「8月に出場するマラソンが北海道だってことを、まだヨメさんに言えてないんですよ

――Y1Rさんは時に、おウチの冷蔵庫に貼ってあるカレンダーの予定欄にこっそり「マラソン大会」と書き込んでおいて、奥様には「あれ?言ってなかったっけ?書いといたけど?」的なアプローチで大会出場の承諾を得るという姑息な、いや、簡易的な手段をとられるとお聞きしてます。今回もそれでどうでしょう?

Y1Rさん:「問題は場所なんですよ。ヨメさんにしたら、マラソンのためにわざわざ北海道まで行くのかっていう」

――たしかに、どこの地方の大会でもどうせ一泊するにせよ、北海道となると地理的にも心理的にも「そこまで行くのか」という気がしないでもありません。

Y1Rさん:「ま、なんとかなるでしょう(笑)」

つーわけで、今シーズンのY1Rさんのサブ4達成と、ご家庭の円満を祈ります。
がんばってくだーい!


旧ブログのY1Rさん記事もちぇけら!↓

<2013年>
・12月 Y1Rさん初めてのご来店

<2014年>
・07月 5時間07分で走った話
・11月 4時間53分で走った話

<2015年>
・01月 4時間13分で走った話
・07月 店主と看護師さんにおこられた話
・11月 4時間06分で走った話

<2016年>
・02月 目指せ4時間5分!の話
・05月 4時間04分で走った話
06月以降のY1Rさんからのコメント


*****

【関連サイト】

初めてフルマラソン42.195kmを完走したある女性ランナーの話をしよう。


ひまわり畑がその人を待っていた。
5時間走りつづけた。
42.195kmは遠かった。
でも、その人の足取りは、決して重くはなかった。

*****

はじめて10km走って桃を6個もらう


その人が走りはじめたきっかけの話。
3年前、健康のために歩くことにした。
でも、歩いているだけでは飽きてきた。
しばらくして走ってみることにした。
はじめは30分も走れなかった。
つづけたらだんだん走れるようになった。
それはちょっとした驚きだった。

「というのも、私にはこれまでスポーツの経験がほとんどありませんでしたから。高校は美術部、しかも、入部した次の日から行かなくなったくらいに(笑)、何かをつづけることも苦手だったのです。」

30分間のランニングを週4日つづけて1年。
せっかくだから、何か「マラソン大会」と名のつくものに出てみようかと思う。

走ってよかった、楽しかったって、イイ思いをしないと自分はもう走らなくなると思ったので、評判のいい大会を探しました。

2015年8月。
初めてのマラソン大会は10km。
東北の街を1時間と43秒で完走。

「その大会は参加者賞に桃がもらえました。遠く県外から来た参加者は、さらに多くの桃がもらえました。私は6個もらいました。うれしかったです。帰りの荷物が大変だったろうって?いいえ、宅急便で自宅に送りました(笑)。」


*****

3種類のランニングシューズで完走を目指す


10kmの完走は大きな自信となった。
あるランニングのクリニックに参加した。
周囲の参加者の声に驚いた。
「今年は○○のフルマラソンに出場する」
「次のフルマラソンは○時間○分で走る」
みんなフルマラソンを走る話ばかりしていた。

「そんなところに来る人たちなのですから、今から思えば当然なのですが。でも、その頃の私はフルマラソンを走るなんて、これっぽっちも思ってませんでした。」

しかし、心のどこかに「フルマラソン」の言葉が残った。

2015年12月。
初めてのハーフマラソンに挑戦。
2時間08分で完走。
しかし、左脚の腸脛靭帯(ちょうけいじんたい)を痛めた。
それから4か月間は走れなくなった。

年が明けて2016年。
3月、ふたたびランニング開始。フルマラソンもいくつか申し込んでみた。
6月、10kmレースを59分で走る。しかし、このレースで再び脚を痛めた。
フルマラソンが1つ当選していた。
開催は3か月後の9月。
このままでは到底走れそうにない。

「とても不安になりました。どうしようかと色々調べて、このお店を見つけました。お店のブログも読みました。」



「ブログに出てくるランナーは速い人ばかりですね。私みたいな初心者がこんな専門的な店に行ってもいいのかなって思いました。けど、自分の足に合ったランニングシューズが欲しかったですし。それに、ちゃんとした走り方も誰かに教えてもらいたかったのです。私も『チカン撲滅式うでふり』を練習したいなって(笑)。」

チカン撲滅式うでふりの話はこちら

2016年7月、初めてのご来店。
その人がムリなく走れるように――川見店主は、まずは「歩く・ゆっくり走る」からのトレーニングを薦め、そのためのシューズをフィッティングした。
それからの3週間、その人は毎日「歩く・ゆっくり走る」トレーニングを地道に重ねた。

3週間後。ふたたびのご来店。
新たに走りこみ用とレース用のランニングシューズをフィッティングした。
装着したオーダーメイドインソールは、いずれも最上級インソールのゼロ・アムフィットだった。
2016年6-7月。3週間に渡って行ったランニングシューズのフィッティング。ブルーがレース用、レッドが走りこみ用、ブラックが「歩く・ゆっくり走る」用のランニングシューズ。

これでランニングシューズは万全だった。
次に見直すべきはランニングフォームだった。
カギは「姿勢」にあった。
川見店主は惜しみなくアドバイスした。
その人は「正しい姿勢」での歩き方、仕事中の座り方までも練習した。
あの「チカン撲滅式うでふり」も鏡の前に立って一生懸命に練習した。

その人は走れるようになっていった。
8月、9月には距離を伸ばしていけた。
しかし、大会まであまり時間がなかった。
酷暑に行える練習量にも限界があった。
計画していた30km走もできずに終わった。

「たった2か月ほどの練習で42.195kmを完走できるか不安でした。大会1週間前にこのお店に寄った時に『絶対に完走できます!』って励ましてもらえて、とても心強かったです。」


*****

はじめてのフルマラソンを走る


2016年9月25日。快晴。
北海道オホーツク網走マラソン。

スタート前は緊張した。
とにかく完走することが目標だった。
1kmを7分で走りつづければ、5時間程でゴールにたどりつくはず。
周囲の雰囲気に惑わされず、自分のペースを守ろうと言い聞かせた。

走りはじめると気持ちに余裕ができた。
途中で食べたカニ汁はカラダにしみた。
30kmまで走った。
その距離すらも初めての経験だった。
でもまだいけそうな気がした。
自然と足が前に出た。
勝手にペースはあがっていった。
前を行くランナーを追い抜いたりした。
これまでに味わったことのない気分だった。

空は青かった。
海も青かった。
ゴールのひまわり畑は陽光を浴びて金色に輝いて見えた。

「おかげざまで無事に完走できました。足には何のトラブルもありませんでした。30kmからゴールまでのペースが一番速かったです。それくらい気持ちよく走れました。」

人生で初めての42.195km。
記録は5時間08分。

「走り終えた時は、フルマラソンってさすがに遠いな、シンドイなって思いました。もう2回目はないかなって。でも、時間が経ったら、ツラかったことって忘れちゃうんですね。次の年の篠山マラソンにも申し込んでみました 。」

*****

そして、走りつづける。


2017年3月、篠山マラソン。
スタートラインに、その人の姿はあった。
しかし――

「トイレがとても混んでスタートが遅れてしまいました。あと、ペースを勘違いしました。途中の関門で時間切れ。あれー?って感じで。悔しかったです。」

2回目のフルマラソンは不本意な結果に終わってしまった。

2017年4月。
その人は元気な顔を見せてくれた。
川見店主は、その人が走りつづけているのがうれしかった。

今度、トレイルランにも誘われてます。それと、5月に10kmほどのレースを2回、6月にはハーフマラソンを走ります。やりすぎですかね?(笑)

新たに4足のシューズをフィッティング。
装着したオーダーメイド・インソールは、いずれも最上級インソールのゼロ・アムフィット。

1足目は走りこみトレーニング用(左)、2足目はレース用(右)のランニングシューズをフィッティング。


3足目はトレイルランニング用シューズ(左)、4足目はお仕事用ウォーキングシューズ(右)をフィッティング。

川見店主は、その人がさらに走れるように、新たなトレーニング方法を提案した。
その人は、すぐに実践した。
速く走れるようになるなら、なんでも試してみたかった。

さて、その人のその後。

・5/12 奥びわ湖15km 1時間26分
・5/28 山中湖13.6km 1時間25分
・6/4 たたらぎダム湖ハーフ 2時間5分

たたらぎダム湖は、昨年10kmのレースに出場し脚を痛めた因縁のコース。
そこでハーフマラソンの自己ベスト記録を更新できた。
その人はどんな思いで走ったのか?

以下、その人から届いたメール。

昨年に出場した10kmでは、最初の1.5kmの上りに心が折れ、最後の1.5kmの下りで思いっきり右脚のハムストリングスを痛めたので、キツかった思い出しか残りませんでした。でも、今年のハーフマラソンでは、昨年あれほど苦しめられた10kmのコースをアッサリと通過、自分でも意外なほど楽しく走れました。
レースの途中からは、前を走っていたおじさんをペースメーカーにして、ずっとついていきました。下りは慎重になってスピードダウンするため、おじさんにも引き離され、何人ものランナーにも抜かれました。しかし、上りでまた抜き返し、最後にはそのおじさんも抜いてしまいました。
一番きつかったのは、下りが終わってからの平坦な500m。
先にゴールした人たちが「がんばれー!」「あともう少し!」と声をかけてくれたのが、とても嬉しかったです。
アップダウンのきついコースで2時間5分のタイムは、私としては上出来だったと思います。また、後半にペースアップできたこともよかったです。
意外と負けず嫌いな、粘り強い自分にびっくりです。来年は1分でもいいから、タイムを縮めたいです。

*****

ふたたびの42.195kmへ


今年9月、ふたたび42.195kmに挑戦する。
場所は昨年初めてフルマラソンを走ったあの北海の地だ。
ひまわり畑がその人を待っている。

「目標は5時間切りです。内心では4時間45分を狙っています(笑)。

走りつづける人の気持ちは日々清々(すがすが)しい。
挑戦しつづける人の言葉は常に瑞々(みずみず)しい。

「両親からは、いい年してなんでマラソンみたいなシンドイことをしてるのかと小言を言われてます(笑)。あ、なんかとりとめもなく話してますけれど、私みたいなランナーの話でもブログに書いてもらえるのですか(笑)?」

記録であれ、生き方であれ、自己べストを目指す人がこのブログの主人公です。

ではYOKOさん、目指せサブ5!
ますますのご健闘をお祈りいたしまーす!

(おわり)

*****

【関連サイト】

祝全国インターハイ出場!高校3年男子のハンマー投げスローイングシューズを5足フィッティングした話。


気は優しくて力持ち、京都の陸上競技強豪高校でがんばってるOMくんが、男子ハンマー投げ全国インターハイ進出を決めてくれました!


いよっつ!



――OMくん、おめでとうございます!

OMくん:「ありがとうございます。」

――高校3年生、最後のシーズンで念願の全国インターハイにたどり着きましたね。よかったですね!

OMくん:「うれしいっす。」

――OMくんが初めてオリンピアサンワーズに来てくれたのは、ちょうど1年前(2016)の7月でした。当時のハンマー投げの記録は何mでしたっけ?

OMくん:52m66cmっす。」

――で、現在の自己ベスト記録は?

OMくん:「6月の近畿インターハイで出した59m46cmっす。」

――おお、1年間で記録を大幅に更新しましたね!その自己ベスト記録で見事6位に入賞し近畿大会を突破、全国インターハイ進出を決めたのですね。

OMくん:「そうっす。」

――試合の途中で「あの選手は何m投げるのだろう」とか「今自分は何位なのだろう」とか気になるものですか?

OMくん:「全然気にしないっす。自分の投てきをするだけっす。」

――集中してるんですね。

OMくん:「気にしても、心乱すだけっすから。」

――かっくいー!


つーわけで、祝・全国インターハイ出場!なOMくんにガンガン投げてもらうスローイングシューズに今日のアムフィット!
1年前9か月前4か月前、そして今回のフィッティングの模様を一挙に公開!
装着したオーダーメイドインソールは、すべて最上級インソールゼロ・アムフィットです。

・2016年7月 OMくんはじめてのご来店。スローイングシューズとトレーニングシューズをフィッティング!

この日、インソール作成の待ち時間を、OMくんは店内でトレーニング用品を使って柔軟体操やストレッチなんかをやっていた。身長180cm、筋肉隆々の大きなカラダで、彼は開脚しながらぺたーんと胸を床につけてみせた。その姿を見た川見店主が一言。

川見店主:「おおすごいね!それだけのカラダとそれだけの柔軟性をもっているんだから、もっと記録は伸ばせるはず。全国インターハイにも行けるはずよ。」

OMくん:「マジっすか。」

川見店主:「むしろ行けてないのが不思議。まだいっぱい才能が眠ってるよ、きっと。」

OMくん:「そ、そうっすか。」

川見店主:「絶対に行ける。来年が楽しみね。」

で、1年後の今年、本当に全国インターハイに行けちゃいますって話。


・2016年10月 2足目のスローイングシューズをフィッティング!


・2017年3月 3足目のスローイングシューズをフィッティング!


・2017年7月 そして今回、4足目と5足目のスローイングシューズを2足フィッティング!


彼は1年間で5足のスローイングシューズをフィッティングしました。
練習量が多いし、彼の大きなカラダを支えにゃならんしで、シューズの消耗が早いんです。

OMくんはいつも、ハンマー投げのフォームでクルクルと回ってシューズの履き心地を確かめます。さぁさぁさぁ、履き心地はいかがでしょーかー!

OMくん:「ピッタリです。言うことないっす。」

川見店主:「なんかOMくんは1年前より、体も心もひとまわり大きくなった気がするね。」

OMくん:「そうっすか。」

川見店主:「OMくんを応援しに山形県までインターハイを見に行こうかな。」

OMくん:「マジっすか。」

川見店主:「客席から『OMくんがんばれ!もっと投げろーーー!』って応援しようか?」

OMくん:「ヤバいっす。」

川見店主:「ヤバいって、どういうこと?」

OMくん:ふりかえって、ホンマにおばちゃんがいてたらコワいっす

川見店主:「コワいって、なにそれ!」

2017年の全国インターハイ陸上競技大会は7/29~8/2の5日間、山形県のNDソフトスタジアム山形にて開催されます!
マジでヤバい男子ハンマー投げは、大会初日の7/29が決戦です!
OMくんのご健闘を祈ります!がんばってねー!




*****

【関連サイト】

彼女はこの夏を忘れない。~熊本の少女が全国インターハイに出場するまでの8年間の話。(その3)


その2「8年ぶりにやってきた彼女は3足のシューズをフィッティングした」のつづきです)

彼女には3つの夢があった。
三段跳びで12mのジャンプがしたい。
全国インターハイに出場したい。
そして、女子キャプテンとして、チームも全国大会の舞台へ連れていきたい。

彼女はもう時間を無駄にはできなかった。
川見店主に教えてもらったとおり、立ち方歩き方の姿勢を常に意識した。
カラダの柔軟性を高めるトレーニングを、日々欠かさずに行いつづけた。


2週間後。全国インターハイ熊本県予選大会。

2週間後。
2017年6月2~5日。
熊本県えがお健康スタジアム。
全国インターハイ熊本県予選大会。
彼女が出場した種目と残した結果。

・走幅跳び決勝 5m41cm 第4位
・三段跳び決勝 11m70cm 第1位
・4×400mリレー決勝 第2位

彼女はこの3種目で南九州地区予選大会への進出を決めた。
驚きは走り幅跳びの記録だった。
彼女は年が明けてから走り幅跳びの練習をほとんど行っていなかった。
この県大会の試合は「出れるから出てみた」だけだった。
スパイクシューズも「走り幅跳び用」ではなく、2週間前にフィッティングしたばかりの「三段跳び用」でのぞんだ。
それなのに、高2までの自己ベスト5m29cmから12cmも記録を更新したのだ。

彼女は変化を感じはじめていた。
走ればスムーズに加速に乗っていける。
助走のトップスピードがあがっている。
ジャンプの勢いが明らかに増している。
跳躍した上半身がバネのようにしなる。
そして、接地する最後の瞬間、空中で何かに背中を押されたように「グン」とカラダが前方へ運ばれ、飛距離が伸びる――そんな感覚を知りはじめていた。


30日後。全国インターハイ南九州地区予選大会。

【女子走り幅跳び決勝】

30日後。
2017年6月15日。
熊本県えがお健康スタジアム。
全国インターハイ南九州地区予選大会、初日。

女子走り幅跳び決勝は22名の選手で競われた。
勝負は2段階で進む。
まずは各選手が3回試技を行い、上位記録の8名だけが生き残り14名が脱落する。
上位8名はひきつづき3回試技を行い、計6回の試技の中での最高記録で順位を決定する。
そのうち全国インターハイへ進出できるのは上位6名のみ。

2回目の試技を終えた時、彼女の記録は5m17cmで第13位だった。
上位8名に残るためには、3回目の試技で少なくとも5m30cmを越える必要があった。

フィールドに立つ彼女は落ち着いていた。
背中に風を感じた。
絶好の追い風。
助走をつけてトップスピードに乗った。
踏み切り板に足を叩きつけた。
勢いよく空へ跳ねた。
上半身をバネのようにしならせた。
その反動を利用して、砂に接地する瞬間に両足をできるだけ遠くに突き出した。
カラダは「グン」と前方へ伸びた。
これまでに届いたことのない場所に降りたった。

記録 5m53cm。

なんと、第3位に躍り出た。
記録は2週間前の県大会で出した自己ベスト5m41cmを12cmも更新していた。
さらに5回目の試技では、5m54cmにまで記録を伸ばした。
結果、そのまま第3位で終了。
「出れるから出てみた」だけの走り幅跳びで全国インターハイ進出を決めた。

*****

【女子三段跳び決勝】

2017年6月16日。大会第2日目。
女子三段跳び決勝。

この種目に彼女の敵はいなかった。
彼女の試技5回目までの記録は次のとおり。

1回目 11m46cm
2回目 11m80cm
3回目 11m89cm
4回目 11m78cm
5回目 11m75cm

結果から言うと、彼女はすでに試技1回目の記録11m46cmで全国インターハイ進出を決めていたし、3回目に出した自己べスト記録11m89cmで優勝を決めていた。

しかし、彼女の気持ちは終わっていなかった。

試技6回目、最後の跳躍。
フィールドに立った彼女には予感があった。

これから私は、12mを跳ぶだろう。

それは「願望」でも「期待」でもなかった。
間違いなく訪れる瞬間への「確信」だった。

彼女はふたたび、背中に風を感じた。
助走をつけてトップスピードに乗った。
景色がスローモーションのように流れて見えた。
踏み切り板に足を叩きつけた。
ホップ、ステップ、2回跳ねた。
ジャンプで大きく伸びあがった。
接地する瞬間、あの感覚があった。
「グン」と体は前方へ伸びた。
砂を巻きあげて彼女は地上に降りたった。

「おおー!」

観客席からはその日一番の歓声があがった。
彼女は跳んだことのない距離を跳んでいた。
その場にいる誰もが、そんな距離を跳ぶ女子高校生を初めて見た。

記録 12m15cm。

その記録は、南九州における女子三段跳びの高校生新記録だった。
彼女は歴史をも塗りかえてしまった。

*****

【女子4×400mリレー】

つづく大会第3日目、4日目。
女子4×400mリレー。
KC高校の第2走者は、女子キャプテンの彼女だった。

過去4年間、KC高校の女子選手は誰も全国大会に進めず暗い時代がつづいていた。
彼女はすでに走幅跳びと三段跳びで全国大会進出を決め、その闇を破った。
そして、このマイルリレーでも、なんとかチームを全国の舞台に連れて行きたかった。

彼女はキャプテンとして意地の走りをみせた。
予選でも決勝のレースでも、第1走者からバトンを受けると、前を走る他校の選手を追い、とらえ、競り勝ち、抜き去り、順位を上げて第3走者へバトンをつないだ。
彼女の気迫にチームのメンバーも燃えた。
KC高校は予選を組2位で通過、決勝は5位に入賞し全国インターハイ進出を決めた。

*****

結局、彼女は、走り幅跳び、三段跳び、4×400mリレーの3種目で全国インターハイ進出を決めた。
足に痛みを抱えて走れなかった彼女が「鶴橋の店」でシューズをフィッティングしてから30日後、どれだけ記録を伸ばしたか今一度確認しておく。

・走幅跳び 5m29cm → 5m54cm
・三段跳び 11m85cm → 12m15cm

3つの夢は叶った。
そのうえ「走り幅跳びで全国インターハイ」のおまけも1つついてきた。
わずか30日後に証明された。
彼女の力は「こんなものじゃなかった」。


彼女はこの夏を忘れない。

熊本県大会の時も、南九州地区大会の時も、彼女は試合が終わると、その日のうちに川見店主に電話をくれた。

「走り幅跳びで全国大会に行けます!」
「三段跳びで全国大会に行けます!」
「マイルリレーで全国大会に行けます!」

毎日届く彼女の声は、三段跳びみたいに日に日に弾んでいった。
その声を聞く川見店主の驚きと喜びも日に日に増す一方だった。
川見店主はお父さんとも電話で話し、彼女の快挙を讃えた。

お父さん:
「ここまでの結果がでるとは思ってませんでした。お店に連れて行けて本当によかったです。娘も私も感謝しています。」

川見店主:
「ありがとうございます。私も感動をもらって感謝しています。」

お父さん:
「本当に素晴らしいお仕事をされてますね。」


さて。

話は2017年5月にもどる。
8年ぶりに「鶴橋の店」にやってくる飛行機の中で、彼女はお父さんにこんなことを話していたらしい。

もし私が三段跳びで12mを跳んで、全国インターハイにも行けたら、お店のブログで『ぱんぱかぱーん!』ってしてもらえるかな?







エリナちゃん、








やりますとも!







いよっ!



もういっちょ!いよっつ!




さらに、7月8日に行われた国体熊本県予選会で女子三段跳び優勝!
初の国体出場決定!
いよっしゃーーーい!



彼女はきっと、この夏を忘れない。
そして、忘れられない夏はまだはじまったばかりだ。

2017年の全国インターハイ陸上競技大会は7/29~8/2の5日間、山形県のNDソフトスタジアム山形にて開催されます!

エリナちゃんのご健闘を祈ります!がんばってねー!

(おわり。でも彼女の夏はつづく)

・その1 高校2年生の彼女は三段跳びをはじめた
・その2 8年ぶりにやってきた彼女は3足のシューズをフィッティングした

*****

【関連サイト】

8年ぶりにやってきた彼女は3足のシューズをフィッティングした。~熊本の少女が全国インターハイに出場するまでの8年間の話。(その2)

熊本県にある滝

その1「高校2年生の彼女は三段跳びをはじめた」のつづきです)


2017年5月。
彼女は8年ぶりにオリンピアサンワーズにやってきた。
小学4年生だった小さな女の子は、精悍に日焼けしたアスリートとなって目の前に現れた。

お父さん:
「本当はもっと早く連れてきたかったんです。娘からはずっと『鶴橋のお店に連れて行ってくれ』と頼まれてました。けれど、なかなか機会がつくれなくて、かわいそうなことをしました。」

川見店主:
「熊本の方々は大きな震災も乗り越えなければなりませんでしたもの。私たちには想像できない、たくさんのご苦労があったことだと思います。」

お父さん:
「いろんなことがありました。そして、やっとここに来れました。」

この8年間、お父さんはずっと彼女の競技生活を応援しつづけてきた。
できるかぎり彼女が出場する試合にかけつけ、その姿を動画におさめた。
川見店主はそれらの動画を見せてもらった。
彼女の走る姿や跳躍のフォームは、想像していたとおりだった。

川見店主:
「上半身をもっとやわらかく、そしてカラダ全体をもっと大きく、のびのびと使えるようになれば、彼女はもっと記録を出せます。」

お父さん:
「本当ですか。」

川見店主:
「今でもこれだけ跳べるんですから、彼女の秘めた力はこんなものじゃないですよ。」

次に、川見店主は彼女の足に向き合った。
がんばりつづけて無理を重ねた足だった。
足の痛みの原因がどこにあるかを探った。
彼女の足を守るためのシューズを選んだ。
彼女が最高の力を発揮するためのインソールを作った。

初日、トレーニング用アップシューズ、短距離スパイクシューズの2足をフィッティング。装着したオーダーメイド・インソールは、いずれも最上級インソールのゼロ・アムフィット。


川見店主はシューズのフィッティングを行いながら、幾度となく彼女に質問を投げかけた。返ってくる言葉の中に彼女の感覚をさぐった。頭の中で彼女の気持ちで走り、跳躍し、湧き上がるイメージをとらえながらインソールの調整を繰り返した。

できあがったシューズを履いて、彼女は軽くステップを踏んでみた。
シューズは足に心地よくフィットした。
足の痛みは不思議と感じなかった。

川見店主は時間が許す限り、正しい姿勢での立ち方・歩き方や、カラダの柔軟性を高めてスプリントのフォームを改善する具体的なトレーニング方法を彼女に教えた。8年前、彼女のお姉ちゃんに教えたように。
彼女も店内でそのトレーニングを熱心に実践した。お父さんは目を細めてその光景を見ていた。

お父さん:
「ああ、こういう話が聞きたかったんです。やっぱり来てよかったです。」

この日のフィッティングは終了。
彼女とお父さんは、ふたたび機上の人となった。

*****

熊本に帰った翌日から彼女は走りだした。
苦しめられていた足の痛みは消えていた。
練習で久しぶりに300m走の記録を測った。
ウソみたいな自己ベスト記録が出た。
ウソだろうと、コーチがビックリした。
ウソみたいと、自分でもビックリした。
顔を合わせて言った。

だって昨日まで全然走れなかったのに!

*****

5日後。
彼女はお父さんと一緒にふたたび来店。
その表情は明るかった。

お父さん:
「帰った次の日から走れるようになりました。もう足の痛みも感じないそうです。」

川見店主:
「それは、よかったです!」

お父さん:
「インソールでこんなに変わるのですね。すごい技術です!かえすがえすも、もっと早くこの店に連れてくるべきだったと後悔させられます。」

この日は、取り寄せた三段跳び用のスパイクシューズをフィッティング。装着したオーダーメイド・インソールは最上級インソールのゼロ・アムフィット。


この時点で、全国インターハイ進出を賭けた熊本県予選会は2週間後、南九州予選会は約1か月後に迫っていた。残された時間はわずかだった。

川見店主には心配があった。
これから彼女の調子が上がっていけば、助走のスピードは速くなるだろう。すると、ストライドが伸び、跳躍のリズムも変わり、これまでとは踏み切りの位置が合わなくなる危険がある。ファウルを連発しては記録が残らない。
たった2週間や1か月で、彼女は新しい跳躍を身につけることができるだろうか?
川見店主は、そのリスクを彼女に問うた。
彼女はキッパリとこたえた。

「大丈夫です。踏み切り位置の修正はできます。」

こうして、まる2日間を費やしたシューズのフィッティングが終了した。
この時、誰が予想できただろう。
30日後に彼女が起こす途方もない奇跡を。


(つづきます↓)
・その3 彼女はこの夏を忘れない

高校2年生の彼女は三段跳びをはじめた。~熊本の少女が全国インターハイに出場するまでの8年間の話。(その1)


2009年夏。小学4年生の彼女は熊本空港から飛び立った。

その日、九州の空は晴れ渡っていたはずだ。
彼女を乗せた飛行機が熊本空港から飛び立った。
8年前の夏休み。
大阪への日帰りの旅。
彼女は小学4年生だった。
隣には大好きなお父さんとお姉ちゃんが座っている。
だから楽しいはずだった。
でも、旅の目的が彼女にはちょっと不思議だった。

「どうしてシューズを買うためだけに、飛行機に乗ってわざわざ大阪まで行くんだろう?」

空から降りた大阪は暑かった。
空港から電車を乗り継ぎ、ようやくたどり着いた駅。
その「鶴橋(つるはし)」という駅名が、彼女にはなぜか強く印象に残った。
しばらく歩くと店についた。
そこは店でないような店だった。
お父さんにうながされて中に入った。
彼女は少し緊張したけど、お姉ちゃんといるから大丈夫だった。

***

8年前に熊本県からやって来た、その姉妹の足型測定用紙が今も店に残っている。そこにはこんな風に記されている。

<2009年8月○日>

・姉エリサ 中1 陸上100m14秒2
 サイズ 左24.0cm、右24.2cm

・妹エリナ 小4 サッカー
 サイズ 左21.7cm、右21.6cm

当時の記憶をたどる。
たしかその日、お父さんはお仕事の関係で、姉妹を店に残してしばらく外出された。ふたりはお行儀よく店で時間を過ごしていた。
陸上競技をはじめた姉エリサちゃんにはランニングシューズと短距離用スパイクシューズをフィッティングした。
妹エリナちゃんのサッカースパイクシューズは取り寄せなければならなかった。だから、彼女だけは1週間後にもふたたび熊本県からお父さんと一緒に来店してフィッティングを行った。

***

この2回の大阪への旅で、彼女には「鶴橋」という駅名の他にも印象に残ったことが2つあった。
1つ。その店で足型を測定してもらった時に、足の裏がとてもくすぐったかったこと。
2つ。その店のおばちゃんに色々教えてもらったこと。特に、お姉ちゃんは、正しい姿勢での立ち方・歩き方、短距離の走り方や練習方法を熱心に教えてもらっていた。それを見ていた彼女はこう思った。

「自分も大きくなったら陸上競技をやろう。そして、またお父さんに、このお店に連れてきてもらおう。」


2016年春。高校2年生の彼女は三段跳びをはじめた。

彼女は中学生になると陸上部に入った。
走幅跳びをやってみると案外に跳べた。
そのまま走幅跳びが専門種目になった。
中学3年の時には5m27cmまで記録を伸ばした。

高校は県内でも有数の強豪校に進学した。
しかし、彼女の記録は伸び悩んだ。
やっと走幅跳びの自己ベストを更新するも記録は5m29cm、中学時代からわずか2cmしか記録を伸ばせなかった。

2016年春。
高校2年になった彼女は、新しく三段跳びに挑戦することにした。
女子三段跳びは、2017年よりインターハイの正式種目になることが決定していた。
三段跳びをやってみると、自分に合っているような気がした。
それに、まだ競技人口も少ないから、うまくいけば全国インターハイへの進出も狙えるかもしれない。
とにかく、三段跳びのデビュー戦は、4月16日開催の熊本県選手権に決まった。
しかし、その2日前、誰にも想像できないことが起こった。

4月14日午後9時26分。
熊本県を大地震が襲う。

陸上競技どころではなくなった。
熊本県選手権は延期された。
その他、予定されていた競技日程もことごとく中止になった。
被害の大きさに打ちのめされた。
誰にも先行きは見えなかった。
誰もが不安な日々を懸命に生き抜くしかなかった。

熊本の高校生たちは大事なシーズンのはじまりを奪われた。
その中でも6月には全国インターハイ熊本県予選会が行われた。
彼女は走幅跳びに出場。
中学時代の記録にも及ばない5m26cmで第7位。
南九州地区予選にさえ進出できなかった。

延期された熊本県選手権がやっと開催されたのは7月になってからだった。
彼女はその三段跳びのデビュー戦で、11m21cmの記録を残した。
何かをつかんだ気がした。
秋には11m85cmまで記録を伸ばした。
女子三段跳びで南九州の高校生のトップに躍り出た。
光が見えた。
彼女は全国インターハイ出場の夢を抱いて高校3年生になった。

しかし、やっと見えたはずの光は、また彼方にかすんでいった。


2017年春。高校3年生の彼女が熊本空港から飛び立つ。

「熊本の○○です。覚えてますか?」

彼女のお父さんから電話があったのは、今年の5月のことだった。
お父さんによると、彼女は高校最後の大事なシーズンを目の前にして走れなくなったと言う。春先から足に痛みを抱え、ろくに練習できなくなっていた。
お父さんは川見店主に彼女の現状を訴えた。
それを聞いた川見店主は、彼女の走る姿が見えた気がした。
川見店主は、想像しうる彼女の動きの問題点をすべて指摘した。
お父さんは驚いた。

「電話で話すだけでそこまでのことがわかりますか!」

お父さんはその話を彼女に伝えた。
今度は彼女が、その話を陸上部のコーチに伝えた。
コーチは驚いた。

「まったく、そのとおりだ。キミの問題点はそこにある。そのお店は信頼できるな。」

実は彼女も、解決策はないかと自分で色々と調べてはいた。そして、調べるといつも、ある店のホームページにたどりついた。それは、小さい時に行った、あの「鶴橋」のお店だった。

時はふたたびやってきた。

その日も九州の空は晴れ渡っていたはずだ。
8年ぶりに彼女は熊本空港から飛び立った。
お父さんと一緒に、うれしい気持ちだった。

「やっと、あの鶴橋のお店に行ける。」

彼女の運命が、まわりはじめる。

(つづきます↓)
・その2 8年ぶりにやってきた彼女は3足のシューズをフィッティングした

100mで9秒台を狙うとおにぎりが売れる説。~第101回日本陸上選手権大会、男子100m決勝を見た話。


おにぎりが消えた日。

2017年6月24日土曜日。
ヤンマースタジアム長居。
第101回日本陸上競技選手権大会、2日目。

この日の夜に行われる男子100m決勝は、世間の注目を大きく集めていた。
出場する8名の選手のうち5名が、10秒0台の自己ベスト記録を持っている。
このレースで、今夏に開催されるロンドン世界陸上選手権の男子100m代表3名が選出される。
激戦は必至だった。
そして、なによりも、日本人初の「9秒台」が期待されていた。

午後6時。
JR阪和線の長居駅を降りる。
多くの人たちがスタジアムに向かって歩いていた。
仕事帰りで少々お腹が減っている。
何か食料を買っていくことにする。
途中にある惣菜屋さんに入った。
大きなおにぎりが3つ並んでいるのが目に入る。
今夜、一緒に試合を観戦するのは、川見店主とOさんと自分の3人。
よかった、みんなの分も買っていける。
その「最後の」3つのおにぎりをトレーに乗せた。
ちょっとしたおかずをと焼き鳥を選んでいると、新しいお客さんが入ってきた。
その若い女性が思わず大きな声を出した。

「あ、おにぎり全然ない!」

店のおばちゃんが申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさい。売切れちゃって。でも、待ってくれたらもうすぐできますよ。」
「そうなんだ。じゃあ待たせてもらうね。」

買い占めた3つのおにぎりを見つめて、少々バツが悪い感じがした。が、まぁ仕方がない。
レジで会計をしながら聞いてみる。

「おにぎり、もうすぐできるの?」
「はい、すぐできますよ。」
「あと3つほしいんですけど。」
「ちょっと待ってね。」

おばちゃんはせかせかと奥の厨房に入っていった。
そして、3つのおにぎりを手にレジに戻って来て、言った。

「今日、陸上競技やってるでしょう。たくさん人が来てね、調理が追いつかないのよ。」

*****

今夜、何かが起こる。

スタジアム周辺には人があふれていた。
当日券の販売窓口には長蛇の列。
スポーツメーカーのブースも立ち並び、雰囲気を盛り上げている。
今夜、何かが起こる。
そんな期待が、そこにいるすべての人たちから伝わってくる。

競技場のスタンドに入る。
客席はほとんど埋まり熱気に満ちていた。
トラックでは男子1500m決勝のレースが行われている。
走る選手への声援と拍手が、ところどころで湧き起こっている。

先に来ていた川見店主とOさんと合流する。
Oさんは学生時代によく店に来ていた人だ。
当時は長距離選手で全日本インカレにも出場したことがある。
それから20年以上経った今もOさんと川見店主は懇意にしている。

ふたりが陣取っていたのは第4コーナー付近、スタンドの最前列から5列目の客席だった。
100m競技のスタートラインからは20mほどの地点にあたる。
川見店主が言った。

「いい場所でしょ。トップ選手たちのスタートダッシュが間近で見れるよ。」
「すごい迫力でしょうね。はい、これ、食料を調達してきました。」
「それは助かるね。ごくろうさま。」

今夜、何かが起こる。
3人は焼き鳥を片手におにぎりをほおばりながら、その時を待った。

*****

降りしきる雨の中で。

「あ、降ってきたかもしれません。」

隣の席に座るOさんがつぶやいた。
男子400m決勝のレースが終わった頃だった。
ポツリ、ポツリと、空からしずくが落ちてきた。
誰もがうらめしそうに空を見つめている。
時刻は午後8時25分過ぎ。
男子100m決勝は午後8時38分スタートだった。

この日は一日中ずっと曇天で、でもなんとか降らずにここまで持ちこたえてきた。
雨さえ降らなければ、記録を狙うには気温も風もちょうどいいコンディションだった。
「9秒台」への期待は、俄然にふくらんでいた。
なのに、待ちに待ったこの時になって雨とは!

「あと15分、いや、あと10分だけでもいいから耐えてくれ!」
「まだ雨足が弱いうちに一刻もはやく時が過ぎ去ってくれ!」

空に向かって祈らなかった人はいない。
しかし、みんなの思いとは裏腹に、雨足はどんどん激しくなっていった。

念のためにと用意してきた雨合羽をカバンから取り出し、3人は着こむ。
トラックには雨水が溜まりだし、スタジアムのライトをまばゆく反射した。
この悪条件では「9秒台」は難しいだろう。
無念さがスタンドを覆った。

ついに、男子100m決勝に出場する8名の選手が姿を現した。
日本屈指のスプリンターたちは格別なオーラを放っていた。
彼らはウォーミングアップがてらに軽くトラックを流した。
降りしきる雨の中を、正確なフォームで悠々と走り過ぎた。
その姿は、鳥肌がたつほど勇ましく、カッコよかった。
彼らを見守るスタンドの雰囲気が、ガラッと変わった。
それまで、観衆は「9秒台」という「記録」への期待にとらわれていた。
しかし、彼らの勇姿は、見る者に「人間」への畏敬の念を呼び起こした。

と、雨足が、急におとなしくなった。
霧のように細かくなり、ほとんどやんだかに思えた。
おお、という声が、ところどころであがった。
みんなの祈りが通じた、なんて言うつもりはない。
けど、こんなことってあるんだ。
今や、淡いだけの期待や無念さは雨と一緒に霧散した。
ただただ、選手たちが最高の走りを発揮できるように。
そんな願いが競技場に充満した。

*****

8つの魂は疾走し、おにぎりは売れつづける。

ひとしきり降った雨はちょっとした効果を生んだ。
空気は澄み、世界は鮮やかな色彩を与えられた。
トラックはキラキラと輝いている。
選手たちの姿がクリアに浮かび上がる。
いよいよ彼らはスターティングブロックにセッティングした。

2万7000人の静寂。
そして、号砲。

8つの獰猛な肉体が一気に解き放たれた。
8つの清廉な魂が激しく燃焼し疾走した。
時間は彼らに吸い寄せられた。
空間は彼らに圧倒された。
見る者の血は沸き、心は震えつづけた。
時は止まったようにも、永遠に続くようにも思えた。
でもそれらはすべて一瞬の出来事だった。

選手たちが両手を広げてフィニッシュラインに吸い込まれていくのが見えた。
気がつけば、スタジアムは歓声に包まれていた。
「10秒05」。
18歳が大会タイ記録で優勝した。
新しい時代のページがめくられた瞬間に立ち会った。

雨がまた降ってきた。
雨合羽を着たまま濡れるにまかせて、3人はレースの余韻を味わった。
川見店主が口を開いた。

「日本でこれだけ多くの人たちが注目したレースってなかなかないよね。未踏の記録への挑戦って、こんなにも人の心を動かすんだね。」

立ち上がった時、午後9時30分をまわっていた。
遅い時間にもかかわらず、空腹感はなかった。

「おにぎりと雨合羽は正解だったね。」

川見店主が笑った。

今夜、「9秒台」への期待がたくさんのおにぎりを消費させた。
期待は楽しみとして残った。
つまり、まだこれからも、おにぎりは売れ続けるということだ。

(おわり)