円谷幸吉はそこに手を置き、サインをした。~川見店主、君原健二さんに会いに行く。(その3)



その2「1964年東京オリンピックのポスターとスカーフの話」のつづきです)

4月18日の「開運!なんでも鑑定団」に鑑定士として出演した川見店主。
鑑定の依頼人は、なんとあの五輪メダリスト・君原健二さんでした。
君原さんのお宝は、1964年東京オリンピックで選手と関係者のみに配られたシルクのスカーフ。そこには、大会に出場した陸上競技選手のサインがビッシリと寄せ書きされていました。

1964東京五輪に出場した陸上競技選手58名のサイン入りスカーフ
(なんでも鑑定団より)

*****

58名のサイン

――さて、君原健二さんの「1964年東京五輪のサイン入りスカーフ」について、川見店主にさらに詳しく聞きたいと思います。


川見店主:感動です。」
川見店主

――このスカーフには、東京五輪に出場された陸上競技選手全員のサインが書き込まれているのですか?


川見店主:
「選手団は68名で、その内58名(2名はコーチ)のサインが確認できました。」

鑑定に入る川見店主(なんでも鑑定団より)


――では出場選手ほとんどの方のサインが入っているのですね。


川見店主:
「ひとつひとつのサインと、選手おひとりおひとりのお名前を照合しました。お名前を確認するたびに、その選手がスカーフから立ち現れてくるかのようで、ずっと、ワクワクゾクゾクしてました!」


――解読が難しいサインはありませんでしたか?


川見店主:
「もちろんありました。『あれ?これ、なんて書いてあるのかな?』ってよくよく見てみたら走る人のイラストだったり!」


――絵心のある選手もおられたのですね(笑)。


川見店主:
「実は、同じ選手が2つサインしてるのも見つかったのですよ。」


――「あれ?俺、書いたっけ?」「どうやったっけ?とりあえず、もう一回書いといてよ」みたいな感じだったんですかね(笑)。


川見店主:
「どうでしょうね(笑)。そんなこともあるかも。」


――これらのサインは、君原さんがぜーんぶおひとりで集められたのですか?


川見店主:
「そうなんですって。大会の期間内にこれだけのサインを集めるのって大変だったと思います。君原さんご自身は『こんなことしてるからコンディション調整がおろそかになって、マラソンの成績が自己記録より3分30秒も悪かった』って笑っておられましたけども。」


名選手たち

――番組ではお宝鑑定の前に、君原さんの他にも東京五輪で活躍された代表4名の選手の映像が紹介されました。

・円谷幸吉(つぶらや・こうきち)さん:男子マラソン3位銅メダル
・依田郁子(よだ・いくこ)さん:女子80mハードル5位入賞
・飯島秀雄(いいじま・ひでお)さん:男子100m準決勝進出
・寺沢 徹(てらさわ・とおる)さん:男子マラソン15位


川見店主:
「当時の映像でみなさんの勇姿を拝見すると、東京五輪の感動と興奮が今も私たちに伝わってきますね。」


――飯島秀雄さんのスタートダッシュ、いわゆる"ロケットスタート"の写真は強烈でした。


川見店主:
「見事ですね。キレイですね。芸術です。」

飯島秀雄選手の鋭い前傾姿勢は"ロケットスタート"と呼ばれた
(なんでも鑑定団より)

――依田郁子さんは、日本記録を12回も塗りかえた偉大なスプリンターだったのですね。


川見店主:
「実は、私の大学時代の恩師は、依田郁子さんのコーチのひとりだったんです。依田さんのお話はよくお聞きしてました。」


――へー、そんなつながりがあったのですね!


川見店主:
「それと、スカーフのサインの中には、男子4×400mリレーに出場されたHTさんのお名前もありましたよ。」


――今から30年ほど前の話ですが、HTさんはよくオリンピアサンワーズに来られてましたよね。川見店主とコーヒーを飲んで雑談されてたHTさんの姿を覚えています。


川見店主:
HTさんは、日本選手権男子100m男子200m度々優勝されてます。全日本実業団選手権では、男子100m200m400m4×100m優勝4×400m2位でしたが、1大会で4冠達成という偉業を成し遂げた選手でもあります。」


――そ、そ、そんなスッゴイ方が、なんで、よく店に来られてたのですか?


川見店主:
「当時は某スポーツメーカーに勤めておられて、商品のことやシューズのことを話しに来られてました。『この●●のメーカーのシューズどう思う?』とか。」


――そうだったんですか。


川見店主:
「他にも、番組放送後に高校の恩師から電話があって『君原さんとは今でも一緒に飲みに行く仲やで』って言ってました。学生時代に長距離選手だった恩師は、同世代の君原さんに親しくしてもらっていたそうで、その関係は今も続いているそうです。」


――君原さんと飲みに行くなんて、うらやましい話です。


川見店主:
「それと、スポーツメーカーN社のIさんは『大学時代に飯島秀雄さんの娘さんと同期だった』と教えてくれました。娘さんも短距離選手だったんですって。」


――案外、身近なところで色んな人たちがつながってるものですね。


川見店主:
「出演前に知っていたら、もっとみなさんにお話を聞いておいたのに。そしたら、お宝鑑定の調査はもっとはかどったかもしれません(笑)。」



円谷幸吉のサイン

――番組で紹介された円谷幸吉さんの映像は涙を誘いました。


川見店主:
「番組収録の時もあの映像はすべて流れるのですが、鑑定士の席に座りながらも、もう泣きそうでした。」


――1964年東京五輪から4年後、メキシコシティ五輪が開催される1968年が明けて間もない1月9日に、円谷さんは自らの生涯を絶たれました。当時、日本中は大きな悲しみに包まれたと聞いています。


川見店主:
「円谷さんの死を受けて、君原さんがメキシコでのメダル獲得を決意されたお話は有名です。そして、見事に2位銀メダルの快挙を成し遂げられました。」

君原健二は円谷幸吉の葬儀に弔電を打った。
「ツブラヤクン シズカニネムレ キミノイシヲツギ メキシコデ ヒノマルヲアゲルコトヲチカウ」
円谷幸吉27年の生涯を追った「長距離ランナーの遺書」収録
沢木耕太郎著「敗れるざる者たち」

――やはり、円谷さんのサインは特別でしたか?


川見店主:
「円谷さんのサインを見て、不思議な気持ちでした。ここに円谷さんが手を置いて、マジックを握り、そしてサインをされたのだと思うと……胸にこみあげてくるものがありました。君原さんと円谷さん、おふたりにしかわからない、おふたりだけの友情に触れた気がして、厳粛な気持ちになりました。」


(もう1回だけ、つづきます↓)
・その4 そして、2020年の東京オリンピックへ

1964年東京オリンピックのポスターとスカーフの話。~川見店主、君原健二さんに会いに行く(その2)。



その1「開運!なんでも鑑定団に出演した話」のつづきです)


4月18日の「開運!なんでも鑑定団」に鑑定士として出演した川見店主。
今回、川見店主が鑑定したのは、五輪メダリストのマラソン・レジェンド君原健二さんのお宝でした。
果たしてどんなお宝だったのでしょう。川見店主に聞いてみました。

川見店主

*****

――さて、「依頼人」君原健二さんのお宝は「1964年東京五輪のサイン入りスカーフ」ということで。


川見店主:
「そうですね。でも、ただのスカーフではありません。東京大会に出場された陸上競技選手58名のサインがビッシリと寄せ書きされた、世界に2つとないスカーフです。」
君原さんのお宝「1964年東京五輪記念スカーフ」
(なんでも鑑定団より)

亀倉雄策デザインのスカーフ

――まず、このスカーフを語るうえで避けて通れないのが、あの有名な東京五輪ポスターのデザインです。ここに、「世界各国オリンピックポスター集」というのがあります。
これは以前、当店のお客様が「父親が昔に買ってたのが家にありました。この店にある方が何かの役に立つでしょう」と寄贈してくださったものです。

もりもっちゃんが寄贈してくれたポスター集
1964年日本書籍出版協会発行

これは、第5回(1912年ストックホルム大会)~第18回(1964年東京)大会のオリンピックポスター14枚が、カラーA4サイズで複製されたものです。
中に入っている説明書には、

この売上による剰余金は、オリンピック東京大会に寄附されます。

と記載されてますから、1964年東京五輪を記念して販売されたもののようです。
第1~4回までのオリンピックポスターは作られていない。
第6回(1916)・12回(1940)・13回(1944)大会は戦争で中止。


さらに説明書にはこうあります。

トーキョー・オリンピックのポスターは、公式大会ポスター1点と、どなたでもよくご存知のサブポスター3点の組み合わせからなっております。
1964東京五輪公式ポスター


サブポスターは図のように、日の丸を中心に、左にスタート、右に水泳、を並べるのが正式の飾り方です。
有名なサブポスター3点。正式な並べ方がこれ。


川見店主:
「枠から躍り出るような肉体の躍動感、一度見たら忘れられない大胆な構図の日の丸五輪。これら1964年東京五輪のポスターは、あまりにも有名ですけど、何回見ても飽きませんね。」


――デザインについては、こう書かれています。

これらはデザイン的にも、印刷技術的にも、いままでのオリンピックには見られなかったほどに優れたもので、海外でも高い評価をうけており、亀倉雄策氏のデザイン、早崎治氏のカメラ・ワーク、村越壊氏のフォト・ディレクションがみごとに結晶した、印象的で力強い効果を生みだしております。


川見店主:
「君原健二さんのお宝のスカーフも、亀倉雄策氏のポスターと同じデザインのもので、東京の"ブルーミング中西"というハンカチーフの製造会社が作ったものです。」


――どうやら、東京五輪の記念スカーフって、たくさん販売されてたそうですね。


川見店主:
「東京五輪をモチーフにしたスカーフは数多く作られて、1枚1,000円で飛ぶように売れたそうですよ。こんなおもしろい記事があります↓」



――では、スカーフそのものは、お宝的にあまりめずらしくないのですか?


川見店主:
「いいえ、それはあくまでも一般に販売されたスカーフの話。一般販売のものは正方形ですが、君原さんのスカーフは長方形のものです。これは非売品で、選手や関係者のみに配られたものなんです。だから、制作数は非常に少ないのですよ」


――じゃあスカーフそのものにも、大変な希少価値があるわけですね。


川見店主:
「そう思います。でも圧巻なのは、なんといっても陸上競技選手58名のサインです」


(つづきます↓)
・その3 円谷幸吉はそこに手を置き、サインをした

開運!なんでも鑑定団に出演した話。~川見店主、君原健二さんに会いに行く。(その1)



へるっ♪あにっさんばーでー♪へるっ♪
(なんでも鑑定団のオープニングはビートルズの『HELP』)

みなさん、こんにちは!

4月18日の「開運!なんでも鑑定団」ご覧になりました?
オリンピアサンワーズの川見店主が「鑑定士」で久しぶりに登場いたしました。
鑑定士としての出演はこれで3回目

・1回目 2012年12月 「金栗四三のマラソンシューズ」
・2回目 2013年05月 潮田玲子さんのお宝「ウサインボルトのサイン入りTシャツ」

そして今回の依頼人は五輪メダリストの君原健二さん。そのお宝は1964年東京オリンピックの記念スカーフでした。
このお宝に関するエピソードは後々に詳しくお話するとして、まずは、今回の出演の裏話を川見店主に聞いてみます。

川見店主
*****

――つーわけで、川見店主、おつかれさました。


川見店主:
「あー、緊張した。テレビ見るのコワかった。」


――鑑定士としては3回目の出演ですが、慣れないものですか?


川見店主:
「ぜっんぜん慣れないです。収録前は、緊張で倒れそうになってます。なんとか正気を保つために、スタジオの隅でジャンプしてます」


――番組では鑑定前の紹介ビデオで、東京五輪で活躍された名選手たちの映像が流れました。その中で短距離選手の依田郁子(よだ・いくこ)さんがレース前にサロメチールを全身に塗りたくったり倒立したりと、独特なルーティンを行う姿が紹介されてましたけど、川見店主のルーティンは「ジャンプする」なんですね。


川見店主:
「現役時代も、レースにのぞむ時はジャンプしてましたね。」


――それ、陸上競技のスタート前にやってる選手は見ますけれど、普通の場所でやったら周囲の人は変に思うんじゃないですか?


川見店主:
「他の鑑定士の先生方から『緊張がうつりそうだから落ち着いてください』って言われてしまいました(笑)。」


――放送をご覧になられたみなさまからは、メールや電話をたくさん頂戴してます。
「感激して興奮しながら見てました!」
「元気そうでよかった!」
「川見店主が鑑定士の席にふつうに座ってて笑った!」
等々、おおむねご好評いただいたようです。


川見店主:
「ありがとうございます。みなさんに喜んでいただけましたら幸いです」


――今回のお宝も素晴らしいものでしたね。


川見店主:
「依頼人はあの君原健二さんですからね!私たちの世代にとっては、憧れ尊敬大スターです。」


――君原さんの存在なしに日本マラソンの歴史は語れません。偉大なランナー、レジェンドですものね。


川見店主:
「テレビとか出るのめっちゃ苦手ですけど、君原さんに会えるなら!って思って、今回はがんばりました。」


――鑑定の公正さを保つ意味もあると思うのですが、依頼人と鑑定士は、収録本番以外ではまったく接点を持てないんですよね?


川見店主:
「そこは番組の担当の人に『収録が終わったら絶対に君原さんに会わせてくださいよね!その条件が叶わなければ出演しませんからね!』って前もって脅しておきました(笑)」


――君原さんは、1964年東京オリンピックの開会式で日本選手団が着用した真っ赤なブレザーと真っ白なスラックス姿で登場されました。


川見店主:
「収録がはじまって、スタジオに入られるその君原さんの姿が見えたら、私、ひゃーーーっつ!ってなってしまって。」


――ひゃーー!ですか。


川見店主:
「思わず拍手したらスタッフの人から『鑑定士の席で騒がないでください』っておこられました。」


――あの席ではしゃいでいる鑑定士は見たことないです。


川見店主:
「だって、憧れの君原さんが当時のままの姿でいらっしゃるんですよ!子供の時に見た東京オリンピックの感動とか興奮とか、そんなものもぶわーーーっと全身によみがえってきて、鳥肌が立って、わーーーーーっ!きゃーーーーっ!って舞いあがって……」


――なんかもう、ずいぶんな状況ですね。


川見店主:
「……こからのことはなにも覚えてないです

舞いあがりゆであがる川見店主



――君原さんが登場された時、スタジオでも歓声があがってましたね。東京五輪から53年経ってもなお、当時の服を着れるってスゴイですよね。


川見店主:
「昨年も君原さんは75歳にしてフルマラソンを5時間切って完走されてます。ずっと鍛えておられるんですね。さすがだなー、すっごいなー、かっこいいなー、きゃーーーっ!わーーーーっ!ですよ」


――(笑)収録後には君原さんにお会いできました?


川見店主:
「はい、ちゃんと会わせていただきました。」


――どんな方でしかた?


川見店主:
「実は、今回の収録前に色んな人に連絡してたら、君原さんの講演を聞いたことがあるっていう方が何名かいらっしゃって、みなさん異口同音にこうおっしゃるんです。『素晴らしい人でした』『実直な方でした』って。もう、そのままな方でした。オーラすごい!近くにいるだけで、背筋が伸びました。きゃーーーーっ!」


――何かお話できましたか?


川見店主:
「私、そんな状態でしたからね。聞きたい事いっぱいあったのに、なんにも話せてないです。でも、オリンピアサンワーズのTシャツをプレゼントしようと思って、持って行ったら受け取ってくださいました。そして、このTシャツにはサインを入れてくださいましたよ!」

オリンピアサンワーズTシャツに君原健二さんからいただいたサイン
サンワーズTシャツに君原健二さんのサイン

――おおおおおおおお!「努力を糧に ゴール無限」と!


川見店主:
「一緒に写真も撮ってくださいました」

川見店主と君原健二さん
川見店主と君原健二さん

――うわぁ!君原さん、カッコイイですね!


川見店主:
「ほんっとに。立ち姿もとてもキレイで。素敵な方でした!」


(つづきます↓)
・その2 1964年東京オリンピックのポスターとスカーフの話

ついに今夜!川見店主が「開運!なんでも鑑定団」に登場します!




いよいよこの日がやってきました!

本日2017年4月18日、夜8時54分からテレビ東京系列で放送の人気番組「開運!なんでも鑑定団」に川見店主が「鑑定士」で登場します!

もう今夜の話なんで言っちゃいますけども、今回、川見店主が鑑定するのは、あのマラソンレジェンド君原健二さんのお宝です!

君原健二さんはこんな人↓
1964年東京オリンピック 男子マラソン8位
1968年メキシコオリンピック 男子マラソン2位銀メダル
1972年ミュンヘンオリンピック 男子マラソン5位

すっごい!

その他、君原さんは1966年ボストンマラソン優勝されてて、この大会の優勝者は50年後のレースに招待されるのですが、50年後、つまり昨年(2016年)のボストンマラソンに君原さんは招待されて出場、なななんと75歳にして4時間53分完走されてます!

すすすすすすっごい!

そんな君原さんのお宝も、これまたすすすすすすすっごいものでした。!

さぁ、川見店主、今回の収録はどうでしたか?



川見店主:「あー、緊張した!だって、あの君原さんですよ!出演が決まった時点で、君原さんにお会いできると思っただけでドキドキでした。そして遂に収録本番、スタジオでその姿を見ただけで、わたしは……」


み、見ただけで、どうなったんですか?



川見店主:「……その後のこと、何も覚えてないです



つーわけで、川見店主のガチガチの緊張っぷりもお楽しみに!

ゲストの鑑定なので、きっと川見店主の登場は番組がはじまってすぐだと思われます。
今夜は8時54分にテレビの前でちぇけらっ!


ちなみに新キャラクター誕生!名前は「きゃわみ店主」。かわいがってね!↓


川見店主が「開運なんでも鑑定団」に出演します!



オリンピアサンワーズの川見店主が、テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」に鑑定士として出演します!

鑑定士として3回目の出演となる今回、お宝の依頼人は、なんと!あの伝説の五輪マラソンメダリスト!
1964年東京オリンピックにまつわる感涙のお宝が登場します!

川見店主の鑑定やいかにーーーーーっつ!

2017年04月18日(火)
PM8時54分~9時53分
テレビ東京系列のチャンネルにて放送予定です!



これまでの鑑定士出演の話

・川見店主のなんでも鑑定士デビューは2012年末。
この時に鑑定した「金栗四三のマラソンシューズ」には、全国のお茶の間が感動に打ち震えました。

そのシューズのは詳しくは、特別サイト「嗚呼、ハリマヤのシューズ」で↓


川見店主は初出演の緊張で打ち震えてた話↓


・鑑定士2回目の出演は、潮田玲子さんのお宝「ウサインボルトの直筆サイン入りTシャツ」でした。その話→ http://sunwards.asablo.jp/blog/2013/05/22/


新しい場所へ。





みなさん、こんにちは。

オリンピアサンワーズのブログは、この度こちらに引っ越しました。

私たちは今日から新しい旅に出発します。
たどり着いた新しい場所で、新しい言葉をつづります。
その新しい場所は、きっと、あなたがいる場所で、
その新しい言葉は、きっと、あなたと分かち合う言葉です。

今後とも何卒よろしくお願いいたします。

2017年04月


1,500本の記事を書いた旧ブログはこちら(2005年10月~2017年03月)↓
http://sunwards.asablo.jp/blog/




187のネコの話。



オリンピアサンワーズ川見店主んちの居候(いそうろう)チビタくんが登場する「今週の~」シリーズ。

旧ブログでは187回登場しました↓
http://sunwards.asablo.jp/blog/cat/ponkunandchibita/

基本的に彼の写真は「寝てる」か「じっとしてる」かです。
たまに「掃除機」と戦うこともあります。
これからも、気が向けば登場するかもしれません。
その時はどうぞよろしくお願いいたします。

2017年4月


チビタくんも、ぺこり



462のランナーたちの物語。





当ブログでシューズのフィッティング風景をご紹介するシリーズ「今日のアムフィット」。

その「マラソン・ランニング」編は、 旧ブログ(2005~2016年)では462本の記事を書きました。

どんなランナーがご来店し、
どんなシューズをフィッティングし、
どれだけ記録を更新したのか?
ケガや故障に悩まされたランナーが、
いかに走れるようになっていったのか?

ランニング初心者からサブスリーランナーにいたるまで、汗と涙と笑いと感動のエピソード462本は、今もこちらで読めます↓
http://sunwards.asablo.jp/blog/cat/amfitrunning/

マラソンシーズンにランナーのみなさんを勝手に応援する「Are You Ready?」シリーズ↓
2015-2016シーズン


2014-2015シーズン


2013-2014シーズン



この新しいブログでも、ランナーのみなさんのご活躍をご紹介していきます。

Are You Ready?

2017年04月


256の陸上競技の物語。




当ブログでシューズのフィッティング風景をご紹介するシリーズ「今日のアムフィット」。
その「陸上競技」編は、 旧ブログ(2005~2016年)では256本の記事を書きました。

どんな選手がご来店し、
どんなシューズをフィッティングし、
どれだけ記録を更新したのか?
ケガや故障に悩まされた選手が、
いかにして復活を成し遂げたのか?

0.01秒に死力を尽くす100m・200m・400mのスプリンター。
トラックの格闘技と呼ばれる苛酷な800m・1500mの中距離ランナー。
身体と心肺の限界へと挑む5,000m・10,000m・3,000m障害の長距離ランナー。
チームの期待を背中に代表の戦士4人がトラックに挑む4×100m4×400mリレー
汗と涙と友情を一本の襷(たすき)につなぐ駅伝
己を重力から解き放ち軽やかに浮遊する走幅跳・三段跳・走高跳・棒高跳の跳躍選手。
放物線を地平の彼方へ届けるやり投・砲丸投・円盤投・ハンマー投の投擲選手。
人間の「歩く」行為を最も効率化させ足音もなく滑らかに地表を移動する競歩選手

数々の選手たちとオリンピアサンワーズが織りなした、256の「名もなき物語」は、今もこちらで読めます↓
http://sunwards.asablo.jp/blog/cat/amfittandf/

この新しいブログでも、己の限界に戦い挑む陸上競技選手の活躍をご紹介します。

On Your Mark !

2017年04月

124のアスリートたちの物語。



当ブログでシューズのフィッティング風景をご紹介するシリーズ「今日のアムフィット」。
その「各種スポーツ」編は、 旧ブログ(2005~2016年)では124本の記事を書きました。

どんな選手がご来店し、
どんなシューズをフィッティングし、
どれだけパフォーマンスが向上したのか?
ケガや故障に悩まされた選手が、
いかにして復活を成し遂げたのか? 

バスケットボール、バレーボール、サッカー、野球、テニス、ラグビー、アメフト、ハンドボール、卓球、バドミントン、ウェイトリフティング、ボクシング、ゴルグ、フェンシング、太極拳、etc...

スポーツアスリートたちとオリンピアサンワーズが織りなした124の「物語」は、今もこちらで読めます↓
http://sunwards.asablo.jp/blog/cat/amfitsports/


この新しいブログでも、アスリートのみなさんの活躍をご紹介していきます。

Tune Up Your Shoes!

2017年04月


ハリマヤシューズの物語。




その昔、HARIMAYA(ハリマヤ)というシューズメーカーがあったのをご存知でしょうか?

1912年の第5回オリンピック・ストックホルム大会に、日本人初のオリンピック選手となった金栗四三氏は足袋(たび)を履いてマラソンに出場しました。その足袋をつくったのが、播磨屋(はりまや)という足袋屋さんでした。その後、播磨屋足袋店が日本を代表するランニングシューズメーカーへと発展したのが「ハリマヤ」です。

ハリマヤの歴史を紐解けば、そこには日本のマラソンとランニングシューズの100年の物語が見えてきます。

*****

ハリマヤとオリンピアサンワーズの歴史が交わるのは1960年代の後半。
1960年頃に当店を「陸上競技専門店」として創業していた上田喜代子(うえだ・きよこ)は、陸上競技の専門的な商品を探して東奔西走し、ハリマヤのシューズにめぐり会いました。そのシューズづくりの技術力に感銘を受けた上田は、関西ではじめてハリマヤのシューズを販売するに至りました。

「足袋屋」だったハリマヤが作るマラソンシューズや陸上競技のスパイクシューズは、日本人の足によく合いました。足を入れれば、吸い付くようにフィットしました。最高の履き心地でした。

1990年頃に、残念ながらハリマヤはなくなりました。
しかし、すでにオリンピアサンワーズの二代目として店を継いでいた現店主の川見充子(かわみ・あつこ)は、「ハリマヤのシューズづくりの技術が、後世に役立つ時がきっと来るはずだ」とハリマヤのシューズや資料を、それからもずっと大切に保存しつづけてきました。

*****

日本中には今なおハリマヤを愛し、懐かしむ方々がたくさんいらっしゃいます。旧ブログ(2005-2016)で掲載したハリマヤの記事には、そんなみなさまから、たくさんのコメントをいただきました。

中でも、ハリマヤの創業者である黒坂辛作(くろさか・しんさく)氏の"曾孫(ひまご)"さんからコメントをいただく機会があり、私たちはハリマヤの歴史をより深く知ることができました。

そして、これらのハリマヤ記事がきっかけとなり、2012年12月には、川見店主がテレビ番組「開運なんでも鑑定団」に鑑定士としてデビューするに至りました。川見店主が鑑定したのは、金栗四三氏が履いていたハリマヤのマラソンシューズでした。この時、川見店主が保存してきたハリマヤのシューズや資料が、鑑定の決定的な立証へ導いてくれました。

*****

当店に現存するハリマヤのカタログには、こんな言葉が載っています。

日本のマラソンの歴史は、そのままハリマヤの歴史です

この新しいブログでも、ハリマヤに関する情報があればご紹介していきたいと思います。

2017年04月


旧ブログのハリマヤ関連記事↓



当店のハリマヤ特設サイト↓



川見店主が「なんでも鑑定団」に出演した時の話↓

127の「歩く」物語。




当ブログでシューズのフィッティング風景をご紹介するシリーズ「今日のアムフィット」。
その「ウォーキング」編は、 旧ブログ(2005~2016年)では127本の記事を書きました。

様々な足の問題を抱えた人たちが、いかにして歩けるようになっていったのか?
その物語は、今もこちらで読めます↓
http://sunwards.asablo.jp/blog/cat/amfitwalking/

・働く人々のシューズ編
http://sunwards.asablo.jp/blog/cat/working/

・外反母趾対策、足のトラブル編
http://sunwards.asablo.jp/blog/cat/trouble/

・ミッションインポッシブル編
http://sunwards.asablo.jp/blog/cat/mi/



この新しいブログでも、歩く人たちの物語をご紹介していきます。

Enjoy Waiking!


2017年04月