今週のそっちからじゃない。

オリンピアサンワーズ・川見店主んちの居候(いそうろう)チビタくんが登場する「今週の~」シリーズ。
チビタくんは、この新ブログでは今回が初登場、旧ブログからは約1年ぶりの登場です。

チビタ
2003年生まれ。男。ねこじゃらし研究家。

*****


――さて、最近のチビタくんはいかがお過ごしなのでしょう?


川見店主:「あのね、この前ね、ランニングシューズが入ってた箱を使って、チビタくんに食卓を作ってあげたんです。」


――はい、食卓を、チビタくんのために。


川見店主:「自分で言うのもなんですけど、なかなかに工夫を凝らしました。その話、聞きたい?」


――まぁ、せっかくなんで。


川見店主:「じゃじゃーん!その食卓のポイントはこちらです!」



――箱の蓋(フタ)の部分を裏返しにしてるんですね。これが?


川見店主:「なんと、このフタがちょうど食卓の縁(ふち)を囲むので、ごはんやお水のお皿が落ちにゃいようになっているのだ!」




――へー!手前からお皿を押しても、向こうへ落ちないようになってるんですね。いいじゃないですか!


川見店主:「でね、チビタくーん!お食事の準備ができましたよー!って呼んだのですよ。そしたらさぁ。」




――あれ?


川見店主:そっちからじゃないっていう。」


――せっかくの落ちにゃい工夫が、完全に無視されてます。


川見店主:「だから、考えました。こうすればいいのではないかと。」



――なるほど!逆から食べられないように、壁にくっつけてしまうわけですね!

ん?
いや、待てよ……

こうしたら、そもそも、落ちにゃい工夫に関係なく、壁にさえぎられて落ちにゃいんじゃないですか?


川見店主:「そんなことはいいんです!そしたら、ほら!」



――はい、まぁ、こうなりますよね。


川見店主:大・成・功です!


――はぁ。


川見店主:「でもね、この食卓には、まだちょっと設計に問題があるんです。」


――といいますと。


川見店主:「高さが微妙みたいで。腰が浮いてます。」



――中途半端にキツイ体勢ですね。


川見店主:「この食卓の高さには、まだまだ改良の余地がありますね(キッパリ)。」


つーわけで、「落ちにゃい工夫」に関してはなかったことにする川見店主と、中腰で食事せざるを得ないチビタくんでありましたとさ。


*****


旧ブログの「今週の」チビタくんシリーズ↓

そして、2020年の東京オリンピックへ。~川見店主、君原健二さんに会いに行く。(その4)



(つづきです)

君原健二さんのお宝「1964年東京五輪の記念スカーフ」に寄せ書きされた58名にのぼる陸上競技選手たちのサイン。そのサインひとつひとつの「鑑定」は、あたかも53年前の名選手たちと「対面」するようだったと語る川見店主。そして思いは、1964年から2020年へ――。

川見店主

*****

東京オリンピックとオリンピアサンワーズ

――1964年東京オリンピックといえば、店にこんな本が保管されてます。

「第18回オリンピック大会 陸上競技ハンドブック」
日本陸上競技連盟発行

川見店主:
「これは、東京オリンピックで陸上競技の大会運営にあたった審判や役員のための本です。表紙の裏に『贈呈』の押印がありますから、日本陸連からオリンピアサンワーズに贈られたものみたいです。」


――これ、585ページにもわたる分厚い本で、各競技種目のルール、トラックやフィールドの図面、日程、当日の進行表、審判や役員の配置、国立競技場の構造、果ては備品の個数などなどが、微に入り細に入り膨大な量で記載されています。


川見店主:
「『黒鉛筆30本、赤鉛筆30本用意する』とか、本当に細かいですね(笑)。審判や役員のお名前も載ってますが、その人数たるや大変なものです。東京オリンピックの華やかな舞台の裏で、これだけたくさんの人々が大会運営に尽力されたのですね。」


――そして、驚きなのは、このハンドブックにオリンピアサンワーズの広告が載っていることです。最終ページの見開きで、隣の広告はオニツカタイガー(現アシックス)です。

左がオリンピアサンワーズの広告。社名は「日本ニュースポーツ」となっている。
右がオニツカタイガーの広告「足もとをまもって15年」と。

――1964年の東京オリンピックの時には、オリンピアサンワーズはすでに存在していたのですね。


川見店主:
「いちおうオリンピアサンワーズの創業年月日は"1963年9月8日"ということになっていますが、本当のことはわかっていません。」


――1963年創業だと、わずか1年足らずでオニツカタイガーと肩を並べて広告を掲載する企業に成長したことになります。ちょっとあり得ないですよね。


川見店主:
「創業者・上田喜代子(うえだ・きよこ)が生前に『店を閉めて東京オリンピックを見に行った』と言ってたそうです。また、このハンドブックの広告もありますから、『少なくとも東京オリンピック(1964)の前年には、この店は存在していただろう』ってことで、1963年を当店の創業年としています。9月8日は上田の誕生日です。」


――2020年の東京オリンピック開催が決定したのは、奇しくもオリンピアサンワーズが創業50周年を迎えた2013年の9月8日でしたね。


川見店主:
「偶然とはいえ、東京オリンピックとオリンピアサンワーズの不思議な縁みたいなものを感じますね。」



モノも情報も手に入らなかった時代

――オリンピアサンワーズの創業当時、「陸上競技専門店」というのは非常に珍しかったのではないでしょうか。


川見店主:
「上田は陸上競技の専門的な商品を集めるのにとても苦労したそうです。今の便利な時代には想像できないでしょうけれど、とにかく『モノ』も『情報』も、ほとんど手に入らなかったのです。メーカーの生産力も、商品の流通・販売の経路も、まだまだ確立されていなかったのですよ。」


――もちろんインターネットもありませんものね。


川見店主:
「上田はよく、店に来る学生さんたちにも商品探しを頼んだそうです。『関東に試合に行ったら、あっちの選手たちがどんなシューズを履いて、どんなウェアを着てるのか、よく見ておいて』って。そうして見つけたのが、ハリマヤだったんですって。」


――へー!ハリマヤは学生さんが見つけてきてくれたのですか!


川見店主:
「もちろん上田自身も商品探しに東奔西走し、あらゆる手段を講じて、なかなか手に入らなかったハリマヤやニシスポーツ社といった関東のメーカーの商品をはじめて関西に流通させました。こうした努力の積み重ねで、最新の『モノ』がオリンピアサンワーズに集まるようになったのです。」


――伝説のシューズメーカー・ハリマヤ。日本を代表する陸上競技の老舗メーカー・ニシスポーツ。いずれも当時はまだ全国区で事業が展開されていなかったのですね。


川見店主:
「やがて、関西の陸上競技選手の間に『あそこに行けば陸上競技に必要なモノがすべて手に入る』と店の評判が広がっていきました。こうして、お店は連日、若者たちでにぎわうようになったそうです。」


――本当に「口コミ」だけで店の存在が知れ渡っていったのですね。

大阪環状線桃谷駅近く、小さな雑居ビルの1階にあった初代店舗。
看板はなく、初めて来る人はどこに店があるかわからなかった。
1991年まで営業。

川見店主:
「また、クラブを指導される学校の先生方や選手たちにとって、お店は陸上競技に関する最新の『情報』を収集・交換できる貴重な場にもなりました。」


――今で言うところの「アンテナショップ」的な感じでしょうか。


川見店主:
「さらに上田は、最先端の練習方法といった『情報』を、無償で惜しみなく選手たちに提供しました。時には自前で陸上競技場を借り切って、有名選手を招き、先生方や選手たちを集めて、棒高跳びのような専門的な競技の講習会を開いたりしていたそうです。」


――へー、そんなことまでしてたのですか!


川見店主:
「上田は関西の陸上競技界に多くの貢献を果たしたようです。けれど、生前の上田はそのことをあまり話しませんでしたし、記録も残っていないので、今となっては上田がどれだけのことを成したのかよくわかりません。」


――創業者のことは、多くの謎に包まれたままですね。


川見店主:
「それに上田は『私のことは語り残すな』って言ってましたから、もしも上田がこのブログを読んだら、私、めっちゃ怒られると思います(苦笑)。」


――当時学生だったお客様からも、創業者ってすごくコワかったと聞いています。


川見店主:
「コワいってもんじゃないですよ!すっごく厳しかった。でもね、その奥にある上田の途方もない愛情に気づいた時、みんな上田のことが大好きになるのです。不思議なおばちゃんでした。」

上田喜代子(うえだ・きよこ)
オリンピアサンワーズの創業者
(1924-1986)


先人たちの汗と苦闘と~なぜ依田郁子選手はレース前にトラックをほうきで掃いたのか?

――そんな、「モノ」も「情報」もまだまだ豊かではなかった1964年に東京オリンピックは開催されたわけですが、出場した選手も、大会運営も、大変だったでしょうね。


川見店主:
「そういえば、番組で紹介された映像で、短距離選手の依田郁子(よだ・いくこ)さんがレース前に後転倒立したり、自分の走るコースを箒(ほうき)で掃いてる様子が映ってましたけど、あれ、なにをされてると思いますか?」


――番組では依田さん自身の「風変りなルーティン」という紹介でしたけども。倒立でもなんでもいいから動いて気持ちを落ち着けるとか、お掃除してコースを清めるとかでしょうか?


川見店主:
倒立はね、ご自身の体幹を確認されてたんだと思いますよ。」


――ほー、体幹を。


川見店主:
「体幹がブレると走りがブレますからね。それと、箒で掃いてのはね、自分の走るコースを整地されてるのです。」


――整地、ですか。しかもご自分で、箒まで持参して。


川見店主:
「当時のトラックはアンツーカー(赤土)でした。アンツーカーのトラックは、試合が進行するにつれて、選手たちの足跡でコースが凸凹になるのですよ。」


――あ、そうか、陸上競技場は、今のようなオールウェザー型トラックではなかったのですね。


川見店主:
「特に力強く地面を蹴ってダッシュするスタート付近は、前のレースで走った選手のスパイクシューズによって土が深く掘り起こされて、柔らかくなってしまうんです。」


――スパイクシューズの裏側には地面に突き刺さる鋭いピンがついてますから、選手が走るたびに地面が掘り起こされる。例えるなら、鍬(くわ)で畑を耕したような状態になってるのですね。


川見店主:
「そこに足をとられると、力が地面に吸収されてスタートダッシュの威力が激減してしまうのです。」


――はい。


川見店主:
「まして、依田さんの専門種目であるハードルは1台目が勝負です。スタートダッシュが思うようにできずに1台目のハードリングが狂うと、なし崩し的にすべてのリズムが狂って取り返しがきかなくなるのがハードル種目のコワさです。」


――依田さんの専門種目は女子80mハードル。走りを立て直している時間も距離もありません。


川見店主:
「依田さんにとっては、スタートダッシュが勝負のすべてだったはずです。だから、レース前に倒立して体幹を確認せずにはいられなかったし、ご自身の手でコースを整地せずにはいられなかったのだと思います。」


――ひとつひとつの動作に意味があるのだと。


川見店主:
「周囲からは奇異に見えた依田さんの『ルーティン』はすべて、己の100%の力を発揮するために、なんとしても勝負に勝つために、依田さん自身から発露した勝負への『執念』なのだと私は思います。」


――執念、ですか。


川見店主:
「勝つために何ができるのか?そのこたえは自分たちで探し出すしかない、競技できる環境も自分たちでつくりあげるしかない、そんな時代だったのですよ。君原さんのお宝のスカーフを前にして58名のサインと対面した時、私の心に迫ってきたのは、時代を切り拓いた先人たちの汗と苦闘です。」
58名のサインと対面した川見店主は、先人たちの苦闘に思いをはせた。
(なんでも鑑定団より)

1964年から2020年へ

――今となっては、1964年東京オリンピックは日本の大きな転換点として語られます。


川見店主:
「このスカーフからは、その53年前の空気が伝わってきます。新しい日本、新しい時代の高揚が伝わってきます。そして、オリンピックという大舞台に立ち、意気軒高に世界に挑んだ若者たちや、大会の成功に陰ながら尽力された多くの人たちの情熱が伝わってきます。何度拝見しても胸が熱くなります。」


――2020年はふたたびの東京オリンピックですね。


川見店主:
「楽しみですね!目指せ2020年!出るぞ東京オリンピック!って感じです。」


――え!オリンピックに出場するつもりですか?


川見店主:
「まさか!お客さんに出場してもらうんですよ!」


――あ、自分じゃなくて。そりゃ、そうですよね。


川見店主:
「将来が楽しみな若きアスリートのみなさんが、日本全国からたくさんご来店されてますからね!私がフィッティングしたシューズでオリンピックに出場してもらえるように、私もアムフィット・インソールの制作技術をもっと磨いてがんばらないと!っていう決意を新たにしています。」


――あらためて、君原さんのスカーフは、1964年から2020年の東京オリンピックをつなぐ素晴らしいお宝でしたね。


川見店主:
「君原健二さんにお会いできてうれしかったです。素晴らしいお宝を拝見できてよかったです。そして、こんな素敵な機会をくださったテレビ東京『開運!なんでも鑑定団』に感謝です。ありがとうございました。」


――また素晴らしいお宝に出会えるといいですね。


川見店主:
「その時はまたガチガチに緊張して収録がんばります(笑)。」





(「川見店主、君原健二さんに会いに行く」は、これでおわりです。最後までお読みいただきありがとうございました。)

円谷幸吉はそこに手を置き、サインをした。~川見店主、君原健二さんに会いに行く。(その3)



(つづきです)

4月18日の「開運!なんでも鑑定団」に鑑定士として出演した川見店主。
鑑定の依頼人は、なんとあの五輪メダリスト・君原健二さんでした。
君原さんのお宝は、1964年東京オリンピックで選手と関係者のみに配られたシルクのスカーフ。そこには、大会に出場した陸上競技選手のサインがビッシリと寄せ書きされていました。

1964東京五輪に出場した陸上競技選手58名のサイン入りスカーフ
(なんでも鑑定団より)

*****

58名のサイン

――さて、君原健二さんの「1964年東京五輪のサイン入りスカーフ」について、川見店主にさらに詳しく聞きたいと思います。


川見店主:感動です。」
川見店主

――このスカーフには、東京五輪に出場された陸上競技選手全員のサインが書き込まれているのですか?


川見店主:
「選手団は68名で、その内58名(2名はコーチ)のサインが確認できました。」

鑑定に入る川見店主(なんでも鑑定団より)


――では出場選手ほとんどの方のサインが入っているのですね。


川見店主:
「ひとつひとつのサインと、選手おひとりおひとりのお名前を照合しました。お名前を確認するたびに、その選手がスカーフから立ち現れてくるかのようで、ずっと、ワクワクゾクゾクしてました!」


――解読が難しいサインはありませんでしたか?


川見店主:
「もちろんありました。『あれ?これ、なんて書いてあるのかな?』ってよくよく見てみたら走る人のイラストだったり!」


――絵心のある選手もおられたのですね(笑)。


川見店主:
「実は、同じ選手が2つサインしてるのも見つかったのですよ。」


――「あれ?俺、書いたっけ?」「どうやったっけ?とりあえず、もう一回書いといてよ」みたいな感じだったんですかね(笑)。


川見店主:
「どうでしょうね(笑)。そんなこともあるかも。」


――これらのサインは、君原さんがぜーんぶおひとりで集められたのですか?


川見店主:
「そうなんですって。大会の期間内にこれだけのサインを集めるのって大変だったと思います。君原さんご自身は『こんなことしてるからコンディション調整がおろそかになって、マラソンの成績が自己記録より3分30秒も悪かった』って笑っておられましたけども。」


名選手たち

――番組ではお宝鑑定の前に、君原さんの他にも東京五輪で活躍された代表4名の選手の映像が紹介されました。

・円谷幸吉(つぶらや・こうきち)さん:男子マラソン3位銅メダル
・依田郁子(よだ・いくこ)さん:女子80mハードル5位入賞
・飯島秀雄(いいじま・ひでお)さん:男子100m準決勝進出
・寺沢 徹(てらさわ・とおる)さん:男子マラソン15位


川見店主:
「当時の映像でみなさんの勇姿を拝見すると、東京五輪の感動と興奮が今も私たちに伝わってきますね。」


――飯島秀雄さんのスタートダッシュ、いわゆる"ロケットスタート"の写真は強烈でした。


川見店主:
「見事ですね。キレイですね。芸術です。」

飯島秀雄選手の鋭い前傾姿勢は"ロケットスタート"と呼ばれた
(なんでも鑑定団より)

――依田郁子さんは、日本記録を12回も塗りかえた偉大なスプリンターだったのですね。


川見店主:
「実は、私の大学時代の恩師は、依田郁子さんのコーチのひとりだったんです。依田さんのお話はよくお聞きしてました。」


――へー、そんなつながりがあったのですね!


川見店主:
「それと、スカーフのサインの中には、男子4×400mリレーに出場されたHTさんのお名前もありましたよ。」


――今から30年ほど前の話ですが、HTさんはよくオリンピアサンワーズに来られてましたよね。川見店主とコーヒーを飲んで雑談されてたHTさんの姿を覚えています。


川見店主:
HTさんは、日本選手権男子100m男子200m度々優勝されてます。全日本実業団選手権では、男子100m200m400m4×100m優勝4×400m2位でしたが、1大会で4冠達成という偉業を成し遂げた選手でもあります。」


――そ、そ、そんなスッゴイ方が、なんで、よく店に来られてたのですか?


川見店主:
「当時は某スポーツメーカーに勤めておられて、商品のことやシューズのことを話しに来られてました。『この●●のメーカーのシューズどう思う?』とか。」


――そうだったんですか。


川見店主:
「他にも、番組放送後に高校の恩師から電話があって『君原さんとは今でも一緒に飲みに行く仲やで』って言ってました。学生時代に長距離選手だった恩師は、同世代の君原さんに親しくしてもらっていたそうで、その関係は今も続いているそうです。」


――君原さんと飲みに行くなんて、うらやましい話です。


川見店主:
「それと、スポーツメーカーN社のIさんは『大学時代に飯島秀雄さんの娘さんと同期だった』と教えてくれました。娘さんも短距離選手だったんですって。」


――案外、身近なところで色んな人たちがつながってるものですね。


川見店主:
「出演前に知っていたら、もっとみなさんにお話を聞いておいたのに。そしたら、お宝鑑定の調査はもっとはかどったかもしれません(笑)。」



円谷幸吉のサイン

――番組で紹介された円谷幸吉さんの映像は涙を誘いました。


川見店主:
「番組収録の時もあの映像はすべて流れるのですが、鑑定士の席に座りながらも、もう泣きそうでした。」


――1964年東京五輪から4年後、メキシコシティ五輪が開催される1968年が明けて間もない1月9日に、円谷さんは自らの生涯を絶たれました。当時、日本中は大きな悲しみに包まれたと聞いています。


川見店主:
「円谷さんの死を受けて、君原さんがメキシコでのメダル獲得を決意されたお話は有名です。そして、見事に2位銀メダルの快挙を成し遂げられました。」

君原健二は円谷幸吉の葬儀に弔電を打った。
「ツブラヤクン シズカニネムレ キミノイシヲツギ メキシコデ ヒノマルヲアゲルコトヲチカウ」
円谷幸吉27年の生涯を追った「長距離ランナーの遺書」収録
沢木耕太郎著「敗れるざる者たち」

――やはり、円谷さんのサインは特別でしたか?


川見店主:
「円谷さんのサインを見て、不思議な気持ちでした。ここに円谷さんが手を置いて、マジックを握り、そしてサインをされたのだと思うと……胸にこみあげてくるものがありました。君原さんと円谷さん、おふたりにしかわからない、おふたりだけの友情に触れた気がして、厳粛な気持ちになりました。」


(もう1回だけ、つづきます)

1964年東京オリンピックのポスターとスカーフの話。~川見店主、君原健二さんに会いに行く(その2)。



(つづきです)


4月18日の「開運!なんでも鑑定団」に鑑定士として出演した川見店主。
今回、川見店主が鑑定したのは、五輪メダリストのマラソン・レジェンド君原健二さんのお宝でした。
果たしてどんなお宝だったのでしょう。川見店主に聞いてみました。

川見店主

*****

――さて、「依頼人」君原健二さんのお宝は「1964年東京五輪のサイン入りスカーフ」ということで。


川見店主:
「そうですね。でも、ただのスカーフではありません。東京大会に出場された陸上競技選手58名のサインがビッシリと寄せ書きされた、世界に2つとないスカーフです。」
君原さんのお宝「1964年東京五輪記念スカーフ」
(なんでも鑑定団より)


亀倉雄策デザインのスカーフ

――まず、このスカーフを語るうえで避けて通れないのが、あの有名な東京五輪ポスターのデザインです。ここに、「世界各国オリンピックポスター集」というのがあります。
これは以前、当店のお客様が「父親が昔に買ってたのが家にありました。この店にある方が何かの役に立つでしょう」と寄贈してくださったものです。

もりもっちゃんが寄贈してくれたポスター集
1964年日本書籍出版協会発行

これは、第5回(1912年ストックホルム大会)~第18回(1964年東京)大会のオリンピックポスター14枚が、カラーA4サイズで複製されたものです。
中に入っている説明書には、

この売上による剰余金は、オリンピック東京大会に寄附されます。

と記載されてますから、1964年東京五輪を記念して販売されたもののようです。
第1~4回までのオリンピックポスターは作られていない。
第6回(1916)・12回(1940)・13回(1944)大会は戦争で中止。


さらに説明書にはこうあります。

トーキョー・オリンピックのポスターは、公式大会ポスター1点と、どなたでもよくご存知のサブポスター3点の組み合わせからなっております。
1964東京五輪公式ポスター


サブポスターは図のように、日の丸を中心に、左にスタート、右に水泳、を並べるのが正式の飾り方です。
有名なサブポスター3点。正式な並べ方がこれ。


川見店主:
「枠から躍り出るような肉体の躍動感、一度見たら忘れられない大胆な構図の日の丸五輪。これら1964年東京五輪のポスターは、あまりにも有名ですけど、何回見ても飽きませんね。」


――デザインについては、こう書かれています。

これらはデザイン的にも、印刷技術的にも、いままでのオリンピックには見られなかったほどに優れたもので、海外でも高い評価をうけており、亀倉雄策氏のデザイン、早崎治氏のカメラ・ワーク、村越壊氏のフォト・ディレクションがみごとに結晶した、印象的で力強い効果を生みだしております。


川見店主:
「君原健二さんのお宝のスカーフも、亀倉雄策氏のポスターと同じデザインのもので、東京の"ブルーミング中西"というハンカチーフの製造会社が作ったものです。」


――どうやら、東京五輪の記念スカーフって、たくさん販売されてたそうですね。


川見店主:
「東京五輪をモチーフにしたスカーフは数多く作られて、1枚1,000円で飛ぶように売れたそうですよ。こんなおもしろい記事があります↓」



――では、スカーフそのものは、お宝的にあまりめずらしくないのですか?


川見店主:
「いいえ、それはあくまでも一般に販売されたスカーフの話。一般販売のものは正方形ですが、君原さんのスカーフは長方形のものです。これは非売品で、選手や関係者のみに配られたものなんです。だから、制作数は非常に少ないのですよ」


――じゃあスカーフそのものにも、大変な希少価値があるわけですね。


川見店主:
「そう思います。でも圧巻なのは、なんといっても陸上競技選手58名のサインです」



(つづきます)

開運!なんでも鑑定団に出演した話。~川見店主、君原健二さんに会いに行く。(その1)



へるっ♪あにっさんばーでー♪へるっ♪
(なんでも鑑定団のオープニングはビートルズの『HELP』)

みなさん、こんにちは!

4月18日の「開運!なんでも鑑定団」ご覧になりました?
オリンピアサンワーズの川見店主が「鑑定士」で久しぶりに登場いたしました。
鑑定士としての出演はこれで3回目

・1回目 2012年12月 「金栗四三のマラソンシューズ」
・2回目 2013年05月 潮田玲子さんのお宝「ウサインボルトのサイン入りTシャツ」

そして今回の依頼人は五輪メダリストの君原健二さん。そのお宝は1964年東京オリンピックの記念スカーフでした。
このお宝に関するエピソードは後々に詳しくお話するとして、まずは、今回の出演の裏話を川見店主に聞いてみます。

川見店主
*****

――つーわけで、川見店主、おつかれさました。


川見店主:
「あー、緊張した。テレビ見るのコワかった。」


――鑑定士としては3回目の出演ですが、慣れないものですか?


川見店主:
「ぜっんぜん慣れないです。収録前は、緊張で倒れそうになってます。なんとか正気を保つために、スタジオの隅でジャンプしてます」


――番組では鑑定前の紹介ビデオで、東京五輪で活躍された名選手たちの映像が流れました。その中で短距離選手の依田郁子(よだ・いくこ)さんがレース前にサロメチールを全身に塗りたくったり倒立したりと、独特なルーティンを行う姿が紹介されてましたけど、川見店主のルーティンは「ジャンプする」なんですね。


川見店主:
「現役時代も、レースにのぞむ時はジャンプしてましたね。」


――それ、陸上競技のスタート前にやってる選手は見ますけれど、普通の場所でやったら周囲の人は変に思うんじゃないですか?


川見店主:
「他の鑑定士の先生方から『緊張がうつりそうだから落ち着いてください』って言われてしまいました(笑)。」


――放送をご覧になられたみなさまからは、メールや電話をたくさん頂戴してます。
「感激して興奮しながら見てました!」
「元気そうでよかった!」
「川見店主が鑑定士の席にふつうに座ってて笑った!」
等々、おおむねご好評いただいたようです。


川見店主:
「ありがとうございます。みなさんに喜んでいただけましたら幸いです」


――今回のお宝も素晴らしいものでしたね。


川見店主:
「依頼人はあの君原健二さんですからね!私たちの世代にとっては、憧れ尊敬大スターです。」


――君原さんの存在なしに日本マラソンの歴史は語れません。偉大なランナー、レジェンドですものね。


川見店主:
「テレビとか出るのめっちゃ苦手ですけど、君原さんに会えるなら!って思って、今回はがんばりました。」


――鑑定の公正さを保つ意味もあると思うのですが、依頼人と鑑定士は、収録本番以外ではまったく接点を持てないんですよね?


川見店主:
「そこは番組の担当の人に『収録が終わったら絶対に君原さんに会わせてくださいよね!その条件が叶わなければ出演しませんからね!』って前もって脅しておきました(笑)」


――君原さんは、1964年東京オリンピックの開会式で日本選手団が着用した真っ赤なブレザーと真っ白なスラックス姿で登場されました。


川見店主:
「収録がはじまって、スタジオに入られるその君原さんの姿が見えたら、私、ひゃーーーっつ!ってなってしまって。」


――ひゃーー!ですか。


川見店主:
「思わず拍手したらスタッフの人から『鑑定士の席で騒がないでください』っておこられました。」


――あの席ではしゃいでいる鑑定士は見たことないです。


川見店主:
「だって、憧れの君原さんが当時のままの姿でいらっしゃるんですよ!子供の時に見た東京オリンピックの感動とか興奮とか、そんなものもぶわーーーっと全身によみがえってきて、鳥肌が立って、わーーーーーっ!きゃーーーーっ!って舞いあがって……」


――なんかもう、ずいぶんな状況ですね。


川見店主:
「……こからのことはなにも覚えてないです

舞いあがりゆであがる川見店主



――君原さんが登場された時、スタジオでも歓声があがってましたね。東京五輪から53年経ってもなお、当時の服を着れるってスゴイですよね。


川見店主:
「昨年も君原さんは75歳にしてフルマラソンを5時間切って完走されてます。ずっと鍛えておられるんですね。さすがだなー、すっごいなー、かっこいいなー、きゃーーーっ!わーーーーっ!ですよ」


――(笑)収録後には君原さんにお会いできました?


川見店主:
「はい、ちゃんと会わせていただきました。」


――どんな方でしかた?


川見店主:
「実は、今回の収録前に色んな人に連絡してたら、君原さんの講演を聞いたことがあるっていう方が何名かいらっしゃって、みなさん異口同音にこうおっしゃるんです。『素晴らしい人でした』『実直な方でした』って。もう、そのままな方でした。オーラすごい!近くにいるだけで、背筋が伸びました。きゃーーーーっ!」


――何かお話できましたか?


川見店主:
「私、そんな状態でしたからね。聞きたい事いっぱいあったのに、なんにも話せてないです。でも、オリンピアサンワーズのTシャツをプレゼントしようと思って、持って行ったら受け取ってくださいました。そして、このTシャツにはサインを入れてくださいましたよ!」

オリンピアサンワーズTシャツに君原健二さんからいただいたサイン
サンワーズTシャツに君原健二さんのサイン

――おおおおおおおお!「努力を糧に ゴール無限」と!


川見店主:
「一緒に写真も撮ってくださいました」

川見店主と君原健二さん
川見店主と君原健二さん

――うわぁ!君原さん、カッコイイですね!


川見店主:
「ほんっとに。立ち姿もとてもキレイで。素敵な方でした!」




(つづきます)

ついに今夜!川見店主が「開運!なんでも鑑定団」に登場します!




いよいよこの日がやってきました!

本日2017年4月18日、夜8時54分からテレビ東京系列で放送の人気番組「開運!なんでも鑑定団」に川見店主が「鑑定士」で登場します!

もう今夜の話なんで言っちゃいますけども、今回、川見店主が鑑定するのは、あのマラソンレジェンド君原健二さんのお宝です!

君原健二さんはこんな人↓
1964年東京オリンピック 男子マラソン8位
1968年メキシコオリンピック 男子マラソン2位銀メダル
1972年ミュンヘンオリンピック 男子マラソン5位

すっごい!

その他、君原さんは1966年ボストンマラソン優勝されてて、この大会の優勝者は50年後のレースに招待されるのですが、50年後、つまり昨年(2016年)のボストンマラソンに君原さんは招待されて出場、なななんと75歳にして4時間53分完走されてます!

すすすすすすっごい!

そんな君原さんのお宝も、これまたすすすすすすすっごいものでした。!

さぁ、川見店主、今回の収録はどうでしたか?



川見店主:「あー、緊張した!だって、あの君原さんですよ!出演が決まった時点で、君原さんにお会いできると思っただけでドキドキでした。そして遂に収録本番、スタジオでその姿を見ただけで、わたしは……」


み、見ただけで、どうなったんですか?



川見店主:「……その後のこと、何も覚えてないです



つーわけで、川見店主のガチガチの緊張っぷりもお楽しみに!

ゲストの鑑定なので、きっと川見店主の登場は番組がはじまってすぐだと思われます。
今夜は8時54分にテレビの前でちぇけらっ!


ちなみに新キャラクター誕生!名前は「きゃわみ店主」。かわいがってね!↓