虹の彼方に。~15年を生きたねこの話。



川見店主のもとに花が送られてきた。
メッセージカードが添えてある。

「ご家族の皆様が一日も早く
 心癒されますように、
 チビ太ちゃんのご冥福を
 心よりお祈り申し上げます。
 ○○動物病院 スタッフ一同」


15年前、春。

家の裏から仔猫の鳴く声が聞こえていた。
川見店主が見に行くと、勝手口に、2匹の仔猫が寄り添ってうずくまっていた。
小さなキジトラ模様の仔猫と、さらに小さな黒い仔猫。
鳴いていたのは、黒い仔猫だった。
キジトラの仔猫は、鳴くことさえできないほど、弱っていた。

2匹の仔猫を、行きつけの動物病院に連れていった。
院長先生は言った。
「状況をうかがうと、捨てられたわけではなさそうですね。それと、この2匹は兄弟ではないです。おそらく、それぞれのお母さん猫は、他の猫とのえさ場争いに負けてしまったのでしょう。そして、逃げている間に、この仔猫たちは、はぐれてしまったのでしょう」

病院へ一緒に付き添ってきた次女が言った。
「飼ってあげるしか、ないよね」

困ったことになったと、川見店主は思った。


黒い仔猫は、幸いにも引き取り手が見つかった。
キジトラの仔猫は、川見店主が飼うことになった。
「チビ太」と名づけられた。
ようやく元気になった頃のチビ太。


川見店主は心配した。

「ひとつ屋根の下で、犬と猫が暮らせるのだろうか?」

当時、川見店主はすでに犬を飼っていた。
10年ほど前、近所の人に頼まれたのだ。
「ウチの犬が、仔犬を産んじゃって。一匹もらってくれない?」
断ろうと思っていた。
早速、生まれて間もない仔犬が家に連れて来られた。
川見店主はため息がでた。
可愛すぎて、気がおかしくなりそうだった。
ずるい!こんな子を見たら、断われない!
仔犬は、そのまま川見店主の家に置いていかれた。
綿みたいに真っ白で、ふわふわで、ポンポンしてるから「ポンくん」と名づけられた。
1994年春。家族の仲間入りをしたポンくん。


ポンくんは、みるみる成長した。
雑種の中型犬と育った。
川見店主は、ポンくんが大きくなったら「外」で飼うつもりだった。
でも、結局それはできなかった。
川見店主にとって、ポンくんは、大きくなっても、外で飼うには「可愛すぎた」。

こうして、川見店主の家には、犬と猫がともに暮らしはじめた。


犬は、はじめ、ネコの新参者が気に入らなかった。
犬は怒っていた。
アイツは、ボクと飼い主との時間を奪う!
アイツは、ボクのごはんを勝手に食べる!
アイツは、ボクのベッドを占領する!
犬は、ネコに、家のルールを何度も教えようとした。
しかし、ネコは、聞く耳を持たなかった。
元気になったネコは、どんどん成長し、どんどん生意気になった。
生意気ざかりのチビ太と、ポンくんの戦いがはじまった。


しばらくすると、ネコは、犬のことが好きになった。
とくに、あのふわふわの真っ白い毛をさわりたがった。
隠れ、待ち伏せをし、スキを突いて、犬にネコパンチをくらわせた。
ネコパンチの決定的瞬間を連続写真でとらえた。
(撮影・川見店主)


犬はネコに困りはじめた。
本気で怒ったら、犬の自分の方が、力が強いのはわかっていた。
ネコを傷つけることを恐れた。
だから、できるだけ、ネコの相手をしないようにした。

ネコは、ますます犬が好きになっていった。
犬につきまとっては、ちょっかいをだした。
あのモフモフの毛の中にうずもれたかった。
いつも犬のそばに居場所をつくり、そして、何食わぬ顔でくつろいだ。
チビ太はポンくんにつきまとった。ポンくんは、それを許すようになった。


9年前。
ポンくんは、川見店主の腕の中で亡くなった。
チビ太は、眠りについたポンくんのそばから、一晩中、離れなかった。
チビ太にはポンくんの死がわかっているのだと、川見店主には思えた。

その頃から。
川見店主がテーブルで食事をしていると、いつの間にかチビ太が足元にちょこりんと座るようになった。
その後ろ姿が可愛くて、思わず抱っこをすると、チビ太は手足でもがいた。
そして、腕の中から逃げた。
チビ太は、くっつくのがキライなネコだった。
ソファーがお気に入りの場所だった。
そこにひとり優雅に座って、こちらを見つめた。
抱っこされることがキライなネコだった。


チビ太は、ネコらしいネコだった。
猫じゃらしには、いつでも飛びついた。
身体能力には目を見張るものがあった。
どんなかたちにも姿を変える柔軟性。
身長の3倍もの高さを軽々と跳び越える跳躍力。
川見店主は、その動きの中に、スポーツ選手を観察する時のヒントをたくさん得た。

チビ太は、いたずら好きなネコだった。
よく、とんでもないことをやらかした。
川見店主が帰宅すると、時に、ある物は散乱し、ある物はどこかに隠されていた。
「チビ太くん、今度は何をしたの!」
何を聞いても、彼はこたえなかった。
表情さえ変えなかった。
やはり、何食わぬ顔をして、こちらを見つめるだけだった。

チビ太は、人になつかないネコだった。
川見店主以外には、決して誰にも近づこうとしなかった。
触れようとする者には、唸(うな)り、威嚇し、ネコパンチを繰り出した。
ある時、病院へ連れて行くと、鳴き、叫び、暴れ、死に物狂いで抵抗した。
病院のスタッフたちは、彼を取り押さえるのに苦労した。
治療が終わって家に帰ると、チビ太は、どこかに姿を消してしまった。
川見店主がやっと見つけたのは、普段は滅多に入ってくることのない寝室のベッドの上だった。
ふかふかの布団にうずもれて丸くなり、スースーと寝息をたてて、眠っていた。
川見店主は、チビ太がこの家に安心しているのだと思った。

チビ太は、いつも、ただただ彼らしく生きていた。
それだけで、ポンくんがいなくなった悲しさや寂しさを癒しつづけた。
ベッドの上で見つかったチビ太。



「もう、あぶないかもしれません」

2018年4月7日、朝。
動物病院から電話があった。
川見店主は急いで病院へ車を走らせた。

チビ太は、その1週間前から入院していた。
川見店主は、彼のことが心配で、毎日病院へ連絡を入れていた。
経過は良好だと聞いていた。
川見店主が病室へ行くと、チビ太はケージの中でグッタリと横たわっていた。
彼の丸い顔を両手で包みこんだ。
反応は薄かった。
病院のスタッフが触れても、チビ太は、なされるがままだった。

「今夜、この病院は無人になります。どうされますか?」

川見店主は、チビ太を我が家に連れて帰ろうと思った。


夜。
店の営業が終わってから、川見店主はふたたび病院へ走った。
到着した時、チビ太はすでに、彼のキャリーバッグに移されていた。
川見店主は、バッグのふたを開けた。
あっと叫びそうになった。
体を起こし、背中をピンと伸ばして、しっかりとこちらを見つめる彼の視線に出会った。

「先生、チビ太が元気になってます!」
「あ、起き上がりましたね!すごいな!」
「何か治療をしていただいたんですか!?」
「いいえ、彼の生命力ですよ。今夜を乗り越えたら、また点滴しましょう」


車中の彼は、目を閉じて動かなかった。
家に到着した。
彼を抱きかかえた。
いつも彼がくつろいでいた居間に入った。
すると、彼は、眼を開いた。
頭をもたげて、ぐるっと周囲を見渡した。
ここがどこなのかを確認しているようだった。
しっぽをばたつかせて、降ろしてくれと訴えた。
川見店主は、彼の体を、そっと彼の小さな丸いベッドに横たえた。
しかし、彼は、ベッドから這(は)い出した。
立ちあがり、ふらふらと歩きはじめた。
食事をするいつもの場所へ。
トイレのある場所へ。
次第に、4本の脚は力を失っていった。
もう立っていることが、できなくなった。
それでも、床に這いつくばったまま懸命に動いた。
大好きな爪とぎの前で体が止まった。
彼は、その手を伸ばし、かすかに爪を立てた。

川見店主は、ふたたび彼を抱きかかえ、ベッドに戻した。
顔を拭き、体温を測り、呼吸を数えた。
からだをそっと撫でつづけた。
「チビ太くん、このまま眠るかな」
そう思ったとき、スーッと彼の気配が消えた。

4月8日、午前1時54分。
彼は、もう、腕の中から逃げなかった。


彼がいなくなってから。
川見店主は、虹の彼方に問いつづけていた。
キミは、我が家に来て幸せだったのかな?
ネコは、こたえない。
いつもの、何食わぬ顔で、こちらを見つめている。

ネコは、わがままで、自由だ。
ネコは、人間の喜びにも悲しみにも、無頓着だ。
しかし、だからこそ、ネコの前で、人は赦(ゆる)される。
誰もが無条件に、あるがままに生きていいことを、彼らは教えてくれる。

あれから3週間が経った。
ようやく、川見店主には思えてきたらしい。
きっとチビ太も幸せだったんだよねと。

「だって、チビ太といた私が、そうであったのだから。」



(さよなら、またね)


ポンくんとチビ太の思い出はこちらにも
PONKUNLIFE
旧ブログ「今週のネコ」全187話

【ハリマヤ】京都新聞に川見店主が載ったことと、「走れ25万キロ~金栗四三伝」の話を書いておく。



みなさん、こんにちは。

昨秋にヒットしたテレビドラマ「陸王」。
来年(2019)に放送予定のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」。

この2つのドラマの話題性から、マラソン足袋や、日本人初のオリンピック選手・金栗四三さんと、金栗さんのマラソン足袋を作りつづけた「播磨屋(はりまや)足袋店」創業者・黒坂辛作さんの歴史が、今、ふたたび脚光を浴びています。


川見店主の話、いろんな新聞に載る。

昨年(2017)末、川見店主は共同通信社から取材を受けました。
その時の記事が、今年の1月頃から、いろんな新聞に掲載されてるみたいです。

これは京都新聞に掲載された記事。京都に住む川見店主の知人から「あんた、今日の新聞に載ってるよ!!」と電話がかかってきた↓
4月12日付、京都新聞の夕刊。

写真嫌いの川見店主ですが、顔が出ちゃってます
「日本マラソンの父」金栗四三さんの写真と、ほぼ同じくらいの大きさで載っかる川見店主の堂々っぷりです。

川見店主の話はこんな感じで紹介されてます↓
ハリマヤはしかし91年ごろ、バブル期の多角化経営が災いして廃業に追い込まれた。大阪市内でランニングシューズの専門店を営む川見充子も学生時代に愛用した一人。ハリマヤ製品を10足以上、大切に保管している。
「モノも情報も乏しかった時代に、金栗さんと黒坂さんが心を一つにして金栗足袋を作られた。その伝統を受け継ぎ、足袋屋から始まったからこそできた、日本人の足形に合うシューズだった」
この記事は、京都新聞の他にも、
・北国新聞(石川)
・佐賀新聞、
・信濃毎日新聞(長野)
・愛媛新聞
・熊本日日新聞
・山陽新聞(岡山)
・西日本新聞(福岡)
の計8紙に掲載されたそうです。
これからも、掲載される新聞はもう少し増えるらしいです。

ちなみに、川見店主の「顔出し写真」が紹介されたのは、今のところ、この京都新聞だけだそう。
これから記事を掲載する新聞社のみなさま、せっかくなんで、川見店主の顔も出してあげてね!

記事を大きくしてみたよ↓
ハリマヤシューズを手に京都新聞に載る川見店主。


なぜ「NIPPON」なのか?

さて。

上の新聞記事に、1912年ストックホルム五輪の開会式で、プラカードを手に行進している金栗さんの写真があります。

このプラカード、よく見てほしいんです。
なんか、おかしくないですか?

NIPPON」って書かれてますよね?
「ニッポン」って、日本語じゃないですか。
世界大会なんですから、ほんとは英語表記の「JAPAN」のはずですよね?

事実、オリンピックで「NIPPON」のプラカードを掲げたのは、この大会だけだそうです。

では、なぜ、この大会では「NIPPON」になったのか?
その謎解きは、この本に書いてある↓
「走れ25万キロ~マラソンの父・金栗四三伝」
(長谷川孝道著、発行熊本日日新聞)

この本、幻の名著だったんですよ。

2012年の年末に川見店主が「開運!なんでも鑑定団」に出演して、金栗四三さんのハリマヤシューズを鑑定しました。
その時、当店のホームページに「ハリマヤ」の特集サイトを作りました。

嗚呼、ハリマヤのシューズ。
 嗚呼、ハリマヤのシューズ。


このサイトを作るのは、なかなか大変でした。
というのも、作成当時、ハリマヤに関する資料は、手元にあるもの以外には何もなかったのです。ハリマヤ創業者の「黒坂辛作」さんの名前をネットで検索しても、たどりつくのは当店のブログだけという(笑)状況でした。

それでも色々調べるうちに、1961年に出版されていたこの本「走れ25万キロ」の存在を知りました。
目次を見ると、黒坂さんとマラソン足袋に関する章も割いてあるようでした。
サイト作りに役立つ資料が、たくさん載っているにちがいない!
すっげー読みたい!

しっかーーーし!

この本はすでに絶版になっていて、どっかの図書館とかでしか閲覧できなかったんです。
涙をのんであきらめて、手元にある資料だけでハリマヤのサイトを完成させました。

しっかーーーーし!

昨年末に、今回の記事となった共同通信社さんの取材があった時、見たんですよ。
記者さんが、この本を手にもってるのを!
うわぁ、復刻版が出てるんじゃん!
さっそく買いました。
本の奥付を見ると、2013年、つまり、ハリマヤの特集サイトを作った直後に出版されてました。

一気に読みました。
めちゃめちゃおもしろい!
おもしろすぎて、繰り返して2回読みました。
金栗さんの波乱万丈の生涯に泣きました。
豪快で痛快なエピソードの数々に笑いました。
金栗さんの、日本のマラソンや体育振興に懸けた情熱と、成し遂げられた圧倒的な偉業の数々に胸打たれ、感動しました。
で、この中に「NIPPON」の謎も紹介されてます。
(この話も、笑ってしまいます)

読み終わって思ったのは、ハリマヤのサイト作りの時に、この本を読んでなくてよかったってことです。そのおかげで、川見店主は、想像力の翼を自由に羽ばたかせて「ハリマヤ」を語ることができたからです。

川見店主、ハリマヤを語る」↓


しかも、このサイトで川見店主が語っていることは、この本に書いある黒坂辛作さんの話と、おおむね一致していました。

来年(2019)のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」にも、黒坂さんと金栗さんとの、マラソン足袋開発の苦労が紹介されるはずです。
本当に楽しみです。




【ハリマヤ】金栗四三とハリマヤと東京都文京区の「縁(えにし)」。



みなさん、こんにちは。

昨秋にヒットしたテレビドラマ「陸王」。
来年(2019)に放送予定のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」。

この2つのドラマの話題性から、マラソン足袋や、日本人初のオリンピック選手・金栗四三さんと、金栗さんのマラソン足袋を作りつづけた「播磨屋(はりまや)足袋店」創業者・黒坂辛作さんの歴史が、今、ふたたび脚光を浴びています。

オリンピアサンワーズも、その影響を少なからず受けております。
ここ数年、伝説のランニングシューズメーカー「ハリマヤ」をめぐって、川見店主が取材を受けていろんなメディアに登場したり、思わぬ出来事に遭遇したりしてます。


・「いだてん」の制作に協力した↓ 


・集英社のWebスポルティーバに登場↓


・「陸王」の影響をモロに受ける↓


・西日本新聞に載る↓


・川見店主、歴史の証言者に出会う↓


ほんで、今回。

東京文京区に本社のあるクリーニング業界専門の新聞出版社「ゼンドラ株式会社」さんから、「100万人の女性のための生活情報誌・WOMAN’S GATE(ウーマンズ・ゲート)2018年春号」を送っていただきました。
これ↓
100万人の女性のための生活情報誌「ウーマンズ・ゲート」2018年春号

この新聞、クリーニング屋さんに置いてあるフリーペーパーだそうです。
女性を対象にした新聞だけに、紙面はカラフルな色使いで、キレイな女性たちの写真や、かわいいイラストがたくさん載ってます。

で、8ページある紙面の中で、どどーんと1ページを割いて、あきらかに異色なこんな記事が載ってるんです↓

題して「実際にあった!金栗四三を支え作られたマラソン用『金栗足袋』と、東京文京区の縁(えにし)
紙面1ページを割いてどーんと紹介。レイアウトかっこいい。

記事の前半は、金栗四三さんと黒坂辛作さんの歴史が紹介されてます。

記事の後半には、文京区の区長さんが登場し、インタビューにこたえてます。
なんで区長さんの話が、っていうと、「播磨屋足袋店」が創業された「大塚仲町」も、後のマラソンシューズメーカー「ハリマヤ」も、文京区にあったからです。

で、ここに載ってるハリマヤシューズの画像は、オリンピアサンワーズが提供しました。
これだよ!↓
提供した画像は、ハリマヤシューズ「カナグリ・ベガ」。

2020年の東京オリンピックに向けて、金栗四三さんが日本のマラソン界に残した数々の偉業と、黒坂辛作さんが創業した「ハリマヤ」の歴史は、もっともっと注目されることになるでしょう。

写真嫌いの川見店主も、ハリマヤに関する取材のためなら「顔出しも辞さない覚悟」でいるみたいです。

で、次回のブログは、川見店主の「顔がでちゃった」最近の新聞記事をご紹介する予定です。

お楽しみにねっ!




【関連記事】



【関連サイト】
当店のハリマヤ特設サイト↓



川見店主が「なんでも鑑定団」に出演した時の話↓



「足を強く、脚を美しく」する履き物、できました。



みなさん、こんにちは!

できました、できました!

新しい履き物のサイトができました!

「足を強く、美しく」する履き物、誕生しました!

この履き物が実現するまでのいきさつは、またブログでくわしく書きますけども、とにかく、今日は、このサイトを見ていただきとうございます。

リンクはこちら↓

ちなみに、この履き物を履くときの合言葉は、

「みんなでぐいぐいっ!」

です!

よろしくおねがいしまーす!

(端末のブラウザによっては、ちゃんと表示されない場合があるかもです。細かい動作確認はこれからですが、まぁ、見てやってくださいませ)

もうすぐ「新しい履き物」が生まれるのだ。


新しい「履き物」生まれます。

みなさん、こんにちは。

ブログの更新はずいぶんと久しぶりになりました。
えーっと、前回の更新は……うわっ、2か月も前ではないか!
つーわけで、みなさまお元気にされてますでしょうか?

さて、この2か月間、オリンピアサンワーズでは何をやってたんだって話ですが、川見店主が新しい「履き物」を生みだしたんですよ。
それをもうすぐ販売いたします。
で、その「新しい履き物」のサイトを、えっちらおっちら作成しておりました。

そして、もうすぐ、いよいよ、「新しい履き物」のサイトが完成いたします!
近日中に公開予定!

もうね、「新しい履き物」すごいですから。
うわ、こんなのやっちゃうんだ!って思いますから。
キーワードは

「リセット」

お楽しみにーーっつ!



【マラソン】2018年の京都マラソン、泉州国際マラソン、高知龍馬マラソンを走る人たちを応援してるぜよ。


マラソンシーズンは終盤戦に突入です。
今日のブログは、明日2/18(日)に開催の京都マラソン泉州国際マラソン高知龍馬マラソンに出場されるランナーのみなさんをご紹介!

*****

京都マラソンを走るひとたち

こちらで出場を把握してるみなさんとPB(自己ベスト記録)↓

・タダオさん(50代・男性・3時間24分)

昨年(2017)11/19の神戸マラソン3時間24分の自己ベスト更新、1週間後11/26の大阪マラソンでも3時間25分連続サブ3.5達成、今年1月の高槻ハーフ1時間32分の自己ベスト更新!とノリにのっているタダオさんが、初めての京都マラソンに参戦!
目指せ3時間15分切り!応援してまーす!
タダオさんは、こんな人↓
  

・シンスケさん(40代・男性・3時間26分)

ハーフマラソンを走るだけで膝がボロボロになるわ、爪が黒くなるわで走れなくなってたシンスケさん。その悩みが解決するならばと、当店に初めてご来店されたのは2015年7月。
その後のシンスケさんは、驚くほど走れるようになり、同年12月の奈良マラソン初フル挑戦4時間00分12秒の「あわやサブ4」で完走。
さらに、その翌年(2016)2月の姫路城マラソン3時間56分の激走で、はやくもサブ4を達成された――っていう話は、旧のブログ(当時は「NSさん」でご登場)に残ってます↓

・2015/07 シンスケさん初ご来店
・2015/12 レース用シューズをご用意
・2015/12 初フルで「あわや」サブ4
・2016/03 姫路城でサブ4達成

ほんで、今シーズンのシンスケさんは、まずは昨年(2017)11/26の大阪マラソン3時間46分の快走で自己ベスト更新!
12月には勝負シューズをフィッティング↓
2017年12月。レース用とトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。いずれも最上級インソールのゼロアムフィットを装着。

ほんで、ほんで、2018年が明けて2/4の木津川ハーフ1時間40分の自己ベスト更新!
ほんで、ほんで、ほんで、先週2/11の姫路城マラソンでは、ついに!ついに!3時間26分の大激走でサブ3.5達成!自己ベスト20分も更新!すっごい!
ナイスラン、ないすらん、ないすらーーん
(↑最大賛辞のないすらん3連発)

もちろん、これもやりましょー!いよっ!


姫路城マラソンを走り抜いたシンスケさんからは、喜びのメールが届いてます↓
11月の大阪マラソンの記録に気を良くし、本気でサブ3.5を目指して、インターバル、ビルドアップ、距離走など本を参考に、姫路城マラソンまでの約2ヶ月間、初めて真剣に練習を積みました。
いつもはカメラマンに写真を撮ってもらいたくて寄って行ったり、沿道の応援の人とハイタッチしたりしてましたが、今回はひたすらサブ3.5を目指して走りました。
寒さと時折雪が舞う、生憎の天気でしたが、20キロ手前まではペースメーカーについて行き、その後は行けるところまで行ってしまおうと頑張って走りました。
幸い最後までペースは落ちず、3時間26分18秒でフィニッシュ出来、無事サブ3.5を達成しました。
来週の京都マラソンはどうなるか全く分かりませんが、初めての2週連続フルマラソン、頑張ってきます!
2月に入ってから毎週レースのシンスケさん。3/4には淀川寛平マラソンもひかえてます。どうかご無理をされませんように、ご健闘をお祈りいたしまーす!



・N藤さん(女性・3時間50分)

N藤さんは、2010年秋にはじめてのご来店。その時フィッティングしたランニングシューズで、2か月後に出場したフルマラソンを初めて「歩かずに」完走、しかも記録が3時間50分サブ4達成しちゃったっていう、トンデモな人です。

それからのN藤さんは、毎シーズン、サブ4で走りつづけ、ウルトラマラソンにも挑戦し、自分が出場できない大会はボランティアで参加して、充実のランナー人生を存分に楽しんでおられました。

でも、昨年(2017)、N藤さんは、体調を崩してしまった。夏からは、まったく練習ができなくなった。12月、奈良マラソンの3日前にランニングシューズをフィッティングした時、川見店主はレースの出場を反対した。N藤さんは、とにかくスタートラインに立つと決めていた。
3日後、N藤さんは、新しいランニングシューズで平城の都を駆けた。
そして、4時間57分で、無事にフィニッシュラインにたどり着いた。
2017年12月、フィッティングしたランニングシューズと、奈良マラソン完走メダル。

N藤さんは復活した。
今年1/28の大阪ハーフマラソンは、1時間52分の激走!
走る喜び炸裂のN藤さん↓
沿道で応援する川見店主と「わー!きゃー!」ってなるN藤さん@大阪ハーフ2018

N藤さんからもメールが届いてます↓
川見さまからのハンドパワー効果で、大阪ハーフはこの3年間の中で一番いいタイムでした。何よりも最後までペースを落とさず走ることができたことが収穫です。
ようやく健康になってきました。
次の京都マラソンは、前の奈良マラソンのような修行ウォーキングにならないように、コツコツマイペースで納得のできるレース展開になれるよう頑張ります。
N藤さんも、どうかご無理をされませんように、応援してしまーす!



・Y1Rさん(30代・男性・4時間00分40秒)

サブ4達成まで、あとわずか41秒!
愛知県が誇る「ほぼほぼサブ4ランナー」Y1Rさんも、京都に参戦!
昨年(2017)夏に書いた、Y1Rさんをご紹介したブログ記事は人気でした↓

この記事でも触れている、奥様の承諾を得られるかどうかで出場が危ぶまれていた8月の北海道マラソンの話。どうなったかというと、

Yさん:「8月のマラソンは北海道に行くから」
奥様:「あ~ん?(北海道まで行くだと~)」
Yさん:「お、おみやげ、なにがいい?」
奥様:「おみやげは……」

っていう風に、「北海道に行くこと前提で、みやげ話にもっていく」という、新たな戦法で危機を乗り越え無事に参戦、4時間16分49秒で完走されました。
ってことは、4時間17分切りなので、Y1Rさん方式では「サブ4.283333……」ですね。

※「Y1Rさん方式」
フルマラソンのタイムを「サブ3」「サブ3.5」「サブ4」よりも細かく刻んで計算して、どんなタイムでも「サブ○」と表示する方式。本人のさじ加減でいくらでも細かく時間を刻め、誰でも「サブ○達成!」と自慢できる。
Y1Rさん方式でのタイム表示。これであなたもサブ〇ランナーに!

Y1Rさんは、昨年12月にもご来店。2足のランニングシューズをフィッティング↓
レース用とトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。いずれも最上級インソール・ゼロアムフィットを装着。

これからのY1Rさんは、3/4静岡、3/11名古屋ハーフ、3/25徳島、とレースが続きます。
今年こそ、晴れてサブ4達成なるか!
Y1Rさん、ご健闘をお祈りいたしまーす!

*****


泉州国際マラソンを走る人たち

・もりもっちゃん(30代・男性・2時間34分

2015年2月1日、別府大分マラソン
彼は足をひきずって完走した。
最後の10kmには80分もかかった。
記録は3時間16分だった。
フルマラソンを走れば2時間30分台の記録をたたきだす彼にとって、3時間以上かかるレースは意味がないはずだった。いつもなら「捨てた」であろう42.195kmのレースで、なぜ、彼は走るのをやめなかったのか?
その理由↓
・2015/04 彼はなぜ走るのをやめなかったのか?

あれから3年。
孤高の社会人ランナー・もりもっちゃんが、マラソンロードに帰ってくるぜ!
先週にフィッティングしたのは、こちらのシューズたち↓
レース用のマラソンシューズと、スピードトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。いずれも最上級インソール・ゼロアムフィットを装着。

百戦錬磨のもりもっちゃんである。
今シーズンの調子は「まずまず」だと言うことだ。
3年ぶりの42.195kmは、もりもっちゃんに、どんな景色を見せるのだろう?
ご健闘をお祈りいたしまーす!


・K谷さん(60代・男性・3時間20分)

60代にして、サブ3.5を連発してるK谷さんは、こんな人↓

今シーズンのK谷さんは、絶好調!↓

・2017/11 神戸 3時間23分
・2017/11 大阪 3時間25分
・2017/12 那覇 3時間31分
・2018/01 大阪ハーフ 1時間36分

残るレースは、この泉州国際と、3/4の篠山マラソン
K谷さん、いいシーズンをしめくくってくださいね!応援してまーす!
余裕の走りを見せるK谷さん@大阪ハーフ2018

*****


高知龍馬マラソンを走るひとたち

・マミさん(女性・4時間58分)

マミさんが初めてご来店されたのは、2012年夏。内反小趾(ないはんしょうし)で走ると足が痛くなったり、膝が痛くなったりでお悩みでした。

しかーーーし!

当店でシューズをフィッティングされた4か月後には大阪マラソンで初フル挑戦、5時間40分で無事に完走!
以来、毎年1回のフルマラソンに挑戦できるまでに、足のお悩みは解消!2014年の大阪マラソンでは、4時間58分の力走でサブ5も達成されてます。

昨年(2017)は10月にご来店。2足のランニングシューズのフィッティング↓
2017年10月、レース用とトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。いずれも最上級インソール・ゼロアムフィットを装着。

今回の高知龍馬マラソンは、

マミさん:「弟と勝負することになってます(笑)」

だそうですよ。
まっこと、走るぜよ。弟よ、勝負しちゃるきにー。
ご健闘をお祈りいたしまーす!


・レイコさん(女性・5時間05分)

レイコさん(女性)の初フル挑戦は、2011年の第1回神戸マラソン5時間49分の完走。これが「想像以上にツラかった」ので、それからは「マラソンを応援する側」にまわってみた。

けれど、応援してると、やっぱり走りたくなって、2015年の神戸マラソンにふたたび出場。「仕事忙しくて、なにも練習できなかった」ので、当然ながらレース途中にカラダはボロボロに。40kmで「もうリタイアしよう」と救護にかけこむも「ゴールまでもうちょっとだから、がんばりなさい」と放り出された。足底筋膜炎で足の裏はジンジン痛いし、足の指は血豆でズキズキ痛いし、歩きに歩いて6時間28分で「完歩」。

さすがに「フルマラソンはもういいや」と思って、ふたたび「応援する側」にまわってみたが、またまた走りたくなって、昨年秋に初めてのご来店。2足のランニングシューズをフィッティング↓
レイコさんは、2か月かけて2足のランニングシューズをフィッティング。上がゆっくり走る用、下がレース本番用。いずれも最上級インソール・ゼロアムフィットを装着。

で、初ご来店から2か月後、11/19の神戸マラソン5時間5分の自己ベスト大幅更新で無事に完走されました!ないすらーん!

そして、明日の高知県でのレースは、レイコさんの地元だそうです。
旧友たちが待っています。
レイコさんの颯爽と走る姿を見せつけてやるきにー!
ご健闘をお祈りいたしまーす!


・KYさん(男性・初フル)

KYさんは、昨年、とある自転車競技で「日本一」に輝いた、どえらい選手です。
自転車競技やってる人で、知らない人はいない、くらいの存在です。

そんなKYさんが、なんでフルマラソンを走るのかっていうと、スポンサーさんから大会に招待されたんですって。
初めてのご来店は、昨年秋。普段、自転車には乗り過ぎるくらいに乗ってるけれども、自分の足で走ることは、あまりない。どうしたらいいかと職場の上司に相談したら、オリンピアサンワーズを紹介されたってお話でした。

ほんで、フィッティングしたのがこちらのランニングシューズ↓
2017年秋にフィッティング。最上級インソールのゼロアムフィットを装着。

KYさんは、昨年末にもふたたびご来店。
その時の会話。

川見店主:「その後、調子はどうですか?」

KYさん:「自分の足で走るって、大変ですね。自転車に乗ってる時と、使う筋肉が全然違います」

川見店主:「KYさんは自転車競技の有名選手なんですから、大会は自転車に乗って伴走しながら応援してあげたら、ランナーたちはすごく喜ぶと思いますよ」

KYさん:「でも、ランナーで招待された以上、自分で走らないわけにはいかないみたいです(笑)」

ああ、KHさん、どうか初フルマラソン無事の完走を!

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つーわけで、明日の京都マラソン高知龍馬マラソンはAM9時、泉州国際マラソンはAM10時30分スタート!
晴天と、みなさまのご無事とご健闘を、深く深くお祈りいたします!
まっこと応援してるぜよ!





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