日本選手権を見に行きます。



2017年6月23・24・25日の3日間、大阪ヤンマースタジアム長居にて、日本陸上競技選手権大会が行われます。

で、川見店主は、3日間、ずーっと観戦しに行くことになりました。
で、で、お店も少し早めに閉店し、スタッフも見に行くことになりました。
な、な、なので、
6月23日(金)は18時までの営業、
6月24日(土)は17時までの営業となりました。

皆様には大変にご迷惑をおかけいたしますが、ご理解の程何卒よろしくお願いいたします。

では皆様、陸上競技場でお会いしましょう!



長距離走者の彼はきっとみんなをハラハラさせる。~R太郎くん伝説<大学生編>



(つづき)

彼の最初で最後の全国インターハイは、準決勝進出で幕を下ろした。

その数日後、彼は店に来てくれた。
川見店主は、アクシデントに見舞われても屈することなく走りつづけた彼の健闘を讃えた。
彼は、川見店主が拍子抜けするほど淡々と、こうこたえた。

「ああいうことは中距離のレースではよくあることですからね。僕のミスです。」

彼の夏が終わった。
秋が訪れ、駅伝のシーズンを迎えた。
彼は駅伝でも全国大会を目指した。
川見店主は、高校最後の駅伝を走る彼にマラソンシューズをフィッティングした。

2016年10月。高校最後の駅伝を走るR太郎くんのマラソンシューズをフィッティング。装着したオーダーメイド・インソールは最上級インソールのゼロ・アムフィット。

*****

2016全国高校駅伝大阪予選会

2016年11月3日。
全国高校駅伝大阪予選会。
淀川の河川敷を走るこのレースに優勝すれば、道は全国駅伝の舞台である京都の都大路へとつながっていく。
高校男子の駅伝は、42.195kmの距離を7名の選手が襷(たすき)をつなぎ走り抜く。
彼は、O高校第7区のアンカーとして出場した。

レースは終始、KH高校が先頭を引っ張った。
彼のO高校は第1区の時点で6位、1位KH高校との差は24秒。
その後もKH高校が1位をゆずらぬ鉄壁の走りを見せる。
O高校は徐々に順位を上げてKH高校を猛追。
アンカーの彼が襷を受け取った時、チームは2位につけていた。
1位KH高校との差は35秒。
チームは彼の走りに賭けた。祈った。
ゴールに一番はやく現れるのが彼の姿であってくれ!

彼は前を行くKH高校のアンカーT選手の背中を懸命に追った。
その激走は、区間1位のタイムを記録した。
しかし、T選手は辛くも逃げきった。
そのままKH高校が優勝した。
O高校は2位で涙を呑んだ。
その差28秒で、全国駅伝出場の夢は消えた。
彼の高校での陸上競技が、終わった。


*****

2017年、彼は長距離走者に生まれ変わる。

彼は、今春から陸上競技の某強豪大学に迎えられた。
そして、800mの中距離選手としてではなく、長距離選手として新しい道を歩むことになった。
これからは、5000mや10000mで成績を残し、駅伝でチームの起爆剤になることを求められている。

新しい彼が、新しい5足のシューズとともに始動する。

3月、走りこみ用とスピードトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。装着したオーダーメイド・インソールは、いずれも最上級インソールのゼロ・アムフィット。


6月、スピードトレーニング用ランニングシューズとレース用マラソンシューズをフィッティング。装着したオーダーメイド・インソールは、いずれも最上級インソールのゼロ・アムフィット。


6月、彼にとって初めての長距離用スパイクシューズをフィッティング。装着したオーダーメイド・インソールは、最上級インソールのゼロ・アムフィット。


川見店主は彼に聞いた。
高校時代にあれほど命を懸けた800mは、もう走らないの?
彼は、やはり、淡々とこたえた。

「もう、走らないと思います」

過去への未練は微塵もない口調だった。
彼は、新しい未来を描きはじめている。

*****

彼が周囲をハラハラさせる理由。

彼は、走ればいつも己の限界の向こうにまで突っ込んだ。
それは「勝利」と「敗北」の境界線で、綱渡りをするような挑戦だった。
だから彼は、時に思いっ切り勝利し、時に思いっ切り敗北した。
彼には「ほどほど」ということがない。
仕方がない、彼は一生懸命なだけなのだから。

2017年6月18日。
京都市西京極陸上競技場にて全日本大学駅伝予選会が行われた。
彼は10000mのレースに出場した。
足もとには、フィッティングしたばかりの真っ赤なマラソンシューズが光る。
彼は川見店主と、このレースでの「32分切り」を約束していた。
結果、記録は31分36秒。
レース後、彼は川見店主に電話をかけた。
記録を聞いた川見店主は言った。

「まずはここからだね。」

彼はこたえた。

「ゴールで意識がぶっとんでしまいました。またやってしまいました。」

声の向こうに、バツが悪そうに頭をかいている彼が見えた。

彼はこれからも、周囲の人たちをハラハラさせることだろう。
思いっ切り成功したり失敗したりすることだろう。
そのたびに、笑ったり落ち込んだりすることだろう。
そして、力尽きるまで走りつづけることだろう。

彼が走れば、何かが起こる。
大学生R太郎くんの、新しい伝説がはじまります。


(おわりです)


「R太郎くん伝説<中学・高校編>」は旧ブログで↓

<2013>
・5月 R太郎くん中3で初ご来店
・7月 全中で800m2分切りを誓う

<2014>
・4月 強豪高校へ進学する
・6月 壮絶!高校デビュー5000m
・8月 道に迷うねんざくん
・9月 長距離への挑戦

<2015>
・3月 800mの走りを語る
・7月 メレンゲの上は走れるのか?
・9月 大阪高校総体優勝の話
・11月 駅伝大阪予選で区間1位の話

<2016>
・4月 沖縄の海で沈みそうになる
・7月 全国インターハイ出場決定

800mを1分52秒で走る彼は25足のシューズで全国インターハイにたどりついた。~R太郎くん伝説<高校編>



2016年7月31日。
午後3時45分。
岡山県シティライトスタジアム。

彼は、念願だった全国インターハイの舞台に立っていた。
男子800m準決勝のレースがはじまろうとしている。
彼の姿は第2レーンのスタートラインにある。
スタンドには彼を見守っている人たちがいる。
チームメイトと、彼のお父さんとお母さんと、そして川見店主と。

ピストルの号砲とともに、彼は勢いよくスタートを切った。
この後、レースが思いもよらない展開になるのを、まだ誰も知らない――。


*****

2013全日本中学校陸上競技選手権大会

彼が初めてオリンピアサンワーズにやって来たのは、4年前の春だった。
中学3年生、専門種目は800mで、当時の自己ベスト記録は2分04秒だった。
彼の目標は、全中(全日本中学校陸上競技選手権大会)に出場することだった。
しかし、足に痛みを感じていて、思い切り走れなくなっていた。
それを心配したお母さんが色々と調べて当店を見つけてくれたのだった。

川見店主は、彼の800mの記録を聞くと、こう思った。
彼は今一番シンドイところにいるな。
800mで2分を切って走らせてあげたいな。
そこまでいけば、もっと楽に速く走れることを、彼は身体で感じるだろう。
「全中」は結果として、おのずとついてくるだろう。

彼には1足のスパイクシューズと2足のランニングシューズをフィッティングした。
すると、彼の足の痛みはどこかに消えた。
そして、急速にタイムが伸びていった。
2か月後、彼は800mの記録を2分01秒と自己ベストを3秒も更新し、念願の全中出場を決めた。

2013年春にフィッティングしたスパイクシューズの写真。これで彼は全中出場を決めた。その時の話は旧のブログで


全中出場決定の話を聞いた川見店主は、800mでの「2分切り」にこだわった。
彼が店に来るたびに、川見店主は言いつづけた。

「全中の800mで2分切るよね?」
「毎晩、腹筋をやってるよね?」
「お母さんの言うこと、ちゃんと聞いてるよね?」

会う度になんやかんやと言われる彼は、川見店主のことを少々苦手に感じていた。
横でお母さんは「もっと言ってやってください」と笑っていた。

彼には川見店主が迫ってくるように見えた。この話のくわしくは旧ブログで。


そして、3か月後、8月の全日本中学校陸上競技選手権大会。
彼は男子800m予選で1分58秒75と遂に2分切りを達成し、見事に準決勝進出を果たした。
スタンドで観戦していたお母さんは、レースが終わるとすぐ川見店主に電話をかけた。
お母さんの喜びと興奮は受話器から十分に伝わってきた。
川見店主は、その時お店に居合わせたお客さんたちにも報告した。

「中学3年生の男の子が、たった今、全中の800mで2分切りを達成しました!」
「おお、すごいな!」
「やってくれるな!」

彼の快挙に、皆が拍手喝采を送った。


*****


800m1分55秒

彼は中学校を卒業すると、陸上競技の強豪高校に進学した。

彼はレースでゴールすると、そのまま意識を失ってぶっ倒れてしまうことがあった。
それくらい自分を追い込んで走ってしまう。
己のカラダの限界に何の躊躇(ちゅうちょ)もなく突っ込んでしまう。
一旦走りはじめると、自分のすべてを出し尽くさずにはいられないのだ。
いつしか彼の学校では、彼がレースで走る時には、いつどこでぶっ倒れても助けに行けるように、チームメイトがトラックの各コーナーで待機するようになった。

彼が走ると、必ず何かが起きた。
彼が出す結果は、良くも悪くも、いつも周囲の予想を超えてきた。
彼には「ほどほど」ということがなかった。
何をやっても、思いっきり成功するか、思いっきり失敗するかのふたつにひとつだった。
周囲の人たちは、そんな彼をいつもハラハラしながら見守った。
そして、彼が出す結果に、どちらかの言葉を口にすることになった。
「彼は、またやってくれた!」
もしくは
「彼は、またやってしまった!」

色んな成功と失敗を繰り返しながらも彼の記録は伸びつづけた。
2年生までの彼は、こんな素晴らしい成績を残している。

・大阪高校総体 男子1年800m優勝
・大阪高校総体 男子2年1500m優勝
・近畿ユース  男子2年1500m3位
・全国高校駅伝大阪予選会 区間1位

800mの記録は1分55秒93まで伸びていた。

川見店主は、何をしでかすかわからない彼の未知数が楽しみだった。
中学3年から高校2年までの3年間で、川見店主が彼にフィッテングしたシューズは20足を越えた。彼が来店するたびに、調子を聞き、課題を話し合い、目標を共有し、彼の視線で彼の未来を見た。
その先には、全国インターハイの舞台が、ずっと彼を待っていた。


*****

2016近畿インターハイ男子800m

2016年4月。
彼は3年生になった。
全国インターハイへの出場を賭けた高校最後のトラックシーズンを迎えていた。
勝負するスパイクシューズは、ちょうど25足目のフィッティングとなった。
川見店主は、彼の走りをイメージしながら、祈るような気持ちでインソールを作った。

2016年春、全国インターハイ出場を賭けたスパイクシューズは、彼との25足目のフィッティングだった。


2016年6月18日。
神戸ユニバー記念陸上競技場、近畿インターハイ。
彼はまず男子800mの予選を軽々突破した。
つづく準決勝のレースは記録1分54秒28と自己ベストを1秒更新してゴールした。
しかし、組運が悪く順位を3位に落としてしまった。
決勝へ進出できる8名は、組2位までの選手6名と、タイム順で選ばれる2名の選手だけだ。
この時点で、彼が決勝へ進出する可能性はきわめて低かった。
全国インターハイ出場の夢は消えたかに思えた。
周囲の人たちは、内心こう思った。

「ああ、彼はやってしまった。」

しかし、彼は何かを持っていた。
なんと、タイムで拾われる最後のひとり「8人目の選手」として、なんとか決勝進出を果たすことになったのだ。
周囲の人たちは胸をなでおろし、口々にこう言った。

「ああ、まったく、彼はやってくれるな!」

そして、翌6月19日、男子800m決勝のレース。
「8人目の選手」である彼は、大方の予想をくつがえし、なんと3位でゴールする大逆転劇を演じて全国インターハイ進出を決めた。
しかも記録は1分52秒86と、前日の準決勝から2秒近くも自己ベストを更新していた。
ゴールした時、彼はスタンドに向かって大きく両手を広げ「やったぞー!」と叫んだ。
それを見ていた周囲の人たちは、驚きと称賛をあの言葉で表すしかなかった。

「ああ、彼がまたやってくれた!」

このときの話はこちらの旧ブログに


*****

2016全国インターハイ男子800m

2016年7月31日。
この日、川見店主はいてもたってもいられなくて、早朝から車を飛ばした。
向かったのは岡山県シティライトスタジアム、全国インターハイの舞台だ。
川見店主は午前中のうちに競技場に到着した。

昼過ぎ、彼が出場する男子800m予選がはじまった。
そして、ここでも彼は、予選3位と順位を落とした。
さすがに今回ばかりは、準決勝へ進むのが不可能に思えた。
彼の夏が終わったかに思えた。
周囲の人たちは、こう言わざるを得なかった。

「ああ、彼はまたやってしまった。」

しかし、やはり彼は何かを持っていた。
なんとまたもやタイムで拾われる最後のひとり「8人目の選手」として彼は準決勝に生き残ったのだ。
周囲の人たちは、もう笑うしかなかった。

「ああ、彼がまたやってくれた!」


――そして話は、冒頭のシーンに戻る。

こうして迎えた、全国インターハイ男子800m準決勝のレース。

最もインコースの第2レーンから、彼は勢いよくスタートを切った。
はじめのカーブを積極的に攻めた。
前方を走る各レーン7名の選手たちを追い抜きにかかる。
第2コーナーを周ったとき、彼の姿は2番手に浮上していた。
オープンコースとなり、選手達の間に静かで熾烈な攻防がはじまる。
抜きつ抜かれつの小さな順位変動を繰り返しながら選手たちはトラックを1周、400mの時点で彼の姿は3番手にあった。
彼は2周目の第1コーナーにさしかかった。
明らかにペースアップし、スピードがあがった。

その時だった。

川見店主も、彼のお父さんもお母さんも、一瞬目を覆いたくなるような光景を見た。
後続の選手が彼に接触した。
彼は不意に突き飛ばされたように、コースからはじかれた。
バランスを崩してよろけ、両腕を振りまわして虚空を掻(か)いた。
制御を失った彼の体が、前のめりにアウトコースへ突っ込んでいくのが見えた。

あぶない!転倒する!

スタンドの観衆からは「ああ」というため息が漏れた。
彼は、なんとか踏みとどまった。
第4レーンまでコースをはずれていた。
順位は6位まで落ちた。
彼は体勢を立て直し、順位を挽回すべくレースに復帰し、前を行く集団を猛追した。
彼はふたたび3番手に浮上した。
しかし、もう彼に力は残っていなかった。
彼の姿は徐々に後退していった。
彼は7位でゴールした。
そして、トラックに倒れ込んだ。

レース後、川見店主はお母さんとスタンドで顔を会わせた。
厳しいレースでしたねと、川見店主は言った。
あの子は、またやってしまいましたと、お母さんはこたえた。
でも彼は最後まであきらめませんでしたねと、川見店主はつづけた。
お母さんは笑顔を返して、こう言った。

「こうして全国大会の舞台にまで連れてきてくれた、あの子に感謝しています。」

全国インターハイの舞台に立つまで、彼は何度も絶望的な状況から浮上してみせた。
そして、高校最後の800mとなったこのレースでも、彼はアクシデントに屈することなく、絶望から浮上してみせた。
決してあきらめず、力尽きるまで走りつづけた彼の姿を忘れることはないだろう。
そんなことを思い、川見店主は、こたえた。

「本当に、彼は、やってくれますね。」

彼が走れば、何かが起こる。
彼の名はR太郎くん。
今年の春から、大学生になりました。

(つづきます)

晴れわたる空の下で走るキミたちを見ていた。~大阪インターハイ(2017)を観戦した話。



5/26~5/28の3日間、大阪インターハイ(第70回大阪高校陸上競技対校選手権大会)がヤンマーフィールド長居で開催されました。
で、最終日の5/28(日)は川見店主と観戦に行ってきました。


*****

男子100m決勝の話

この日は天候に恵まれた。
空は晴れ渡り、時折に吹く風は優しい。

午前10時30分頃。
トラックでは、男女の100m予選と800m準決勝が終わり、ひきつづいて男子5000m競歩決勝のレースが行われていた。
川見店主はスタンドの客席に座り、トラックに熱い視線を注いでいた。
しかし、おもむろに立ち上がると、スタンド裏の通路に移動し、スマホに耳を傾け、何やら話しこみはじめた。
電話の相手は、この広い競技場のどこかにいるD高校のT先生だった。

T先生:
「3年生のI選手が男子100m予選を自己ベスト10秒77で通過しました。この調子でいけば、近畿大会に進出できそうです。」

川見店主:
「見てました!すごいですね!がんばってほしいですね!」

I選手は、前日にも、男子200m予選・準決勝・決勝と3つのレースを突破し、近畿大会進出を決めていた。T先生はI選手に男子100mでも近畿大会に進んでほしかった。しかし、I選手の疲労はピークに達していた。

川見店主:
「I選手は疲れてるでしょう?準決勝までに、しっかり筋肉をほぐしておいた方がいいと思いますよ。なにか私にできることないですか?」

T先生:
「ありがとうございます。でも、準決勝まで時間がありません。」

川見店主:
「I選手と合流できますか?いい人を紹介しますから。」

高校最後のシーズンを走るI選手に最高の結果を残してあげたい。T先生と川見店主の思いは同じだった。

川見店主はふたたびスマホに耳を傾け、やはりこの陸上競技場のどこかに来ているはずの「たぶっちゃん」に連絡を取る。「たぶっちゃん」は、現役時代には関東の某強豪大学で箱根駅伝出場を目指す長距離選手だった。今はボディケア用品・クリオ販売の社員として当店を担当してくれている。

川見店主:
「こういう選手がいるのよ。大事な準決勝だからね、なんとかしてあげられないかな。」

たぶっちゃん:
「わかりました。そちらに行きます。」

T先生、I選手、たぶっちゃん、そして川見店主がスタンド裏の通路で合流。
D高校の選手たちが待機しているブルーシートの一角でI選手が横になると、たぶっちゃんがクリオの商品を使って的確に筋肉のケアをほどこす。

I選手:
「あ、ぜんぜん足が軽くなりました!いい感じです!」

この後、I選手は準決勝で10秒74とさらに記録を伸ばし決勝進出、そして決勝では4位にくい込み、見事に近畿大会進出を決めた。


*****

女子100m決勝の話

「あの後ろ姿はFちゃんじゃないかな?歩き方でわかるよね。」

川見店主の視線の先、女子100m決勝のスタートラインに彼女の姿があった。

F選手が初めてオリンピアサンワーズに来てくれたのは、昨年(2016)の春だった。
高校に入ったばかりの新1年生。
川見店主は、彼女の顔を見るなり言った。
いいね、あなたの勝ち気が、顔に出てるよね、と。
当時、彼女の100mの自己ベスト記録は12秒75だった。
彼女の記録はまだまだ伸ばせると、川見店主は思った。

それからの1年間で、彼女には4足のスパイクシューズと2足のアップシューズをフィッティングした。そのうえで、川見店主は彼女が来店するたびに、立ち方や歩き方の姿勢を改善するよう彼女に求めた。彼女も努力を怠らなかった。
結果はすぐに表れはじめた。
彼女は順調に自己ベスト記録を更新しつづけた。
秋には100mのタイムが12秒38まで伸びていた。

そして2017年春、彼女のシーズンが幕を開ける。

この日の前日。
女子100m×4リレー決勝で、彼女は第2走者をつとめチームを4位に導き、すでに近畿大会進出を決めていた。
そして、今日。
午前中に行われた女子100m予選を彼女は組1位で通過、記録は自己ベストを大きく更新する12秒16だった。
つづいて正午過ぎに行われた準決勝も組1位でぶっちぎってゴール、難なく決勝へ進出した。

午後2時10分。
女子100m決勝のレースがはじまる。
スターティングブロックに腰を落とす彼女が見える。
静寂が競技場を包む。
ピストルの号砲とともに、彼女は低い姿勢で突っ込んだ。
スタートダッシュで頭ひとつ前に出たかに見えた。
小柄な彼女のカラダが、グングンと加速しはじめる。
レース中盤、選手たちがほぼ横一線に並んだ。
勝ち気な横顔が、一瞬、目の前を通り過ぎていくのが見えた。

選手たちがすべるようにゴールラインを越えたとき、スタンドからはひときわ大きな歓声が上がった。電光掲示板には、1位でゴールしたI高校D選手のタイムが表示された。11秒81。大会新記録だった。

F選手は4位だった。記録は12秒11。彼女はさらに自己ベスト記録を更新し、個人種目でも近畿大会進出を決めた。


*****

女子800m決勝と女子400m×4リレー決勝の話

午後1時15分。
女子800m決勝のレースでは、同じ色のユニフォームを着たふたりの選手のデッドヒートが展開された。
ふたりは同じHK高校の先輩と後輩にあたる。
先頭を行く先輩と、それを猛追する後輩の姿に、観衆は手に汗を握った。
ふたりは、3位以下を大きく引き離して、そのままゴールした。
スタンドがどよめく。
ふたりの記録は、どちらも大会新記録を更新していた。

午後3時30分。
女子400m×4リレー決勝は、HK高校が圧倒的な力を見せつけて優勝した。
HK高校の第3走者は、2時間前の女子800m決勝で2位だった「後輩」のM選手だった。

M選手は、短距離走と中距離走と、どちらにも優れた力をもっている。
今大会、彼女がエントリーしていた種目は次のとおり。

・女子200m
・女子400m
・女子800m
・女子100m×4
・女子400m×4

これらの種目を大会期間中の3日間でこなすのだ。
しかも、彼女はすべての種目において、予選→準決勝→決勝と3つのレースを勝ち進む可能性が大きかった。そうなると、3日間、ほぼ走りっぱなしのスケジュールになる。リレーではメンバーの交代もあるが、それにしても彼女は、なんてタフなのだろう。

中学時代から彼女はすでに有名だった。
特に中距離種目では大阪に敵がいなかった。
彼女の名前は、どの大会の試合結果でも、常に一番上にあったものだ。

そんな彼女が初めてオリンピアサンワーズに来てくれたのは、昨年(2016)の秋だった。
当時の自己ベスト記録は400mが57秒73、800mが2分12秒61。
素晴らしい記録だ。
しかし、彼女が目指す記録は、もっともっと先にあった。
その実現のために、川見店主は彼女に2足のスパイクシューズと、2足のランニングシューズをフィッティングした。

あれから半年。
今大会で彼女が残した結果。
女子400m決勝は3位、記録は55秒45。
女子800m決勝は2位、記録の2分06秒79は大会新記録。
結局、彼女はこの2つの個人種目と、優勝した女子400m×4リレーとの合わせて3種目で近畿大会進出を決めた。

彼女の強さはどこにあるのか?

以前、川見店主は彼女に問うてみたことがある。
例えば800mのレースの後半は疲れ果ててペースが落ちるものだけれど、そんなツラい場面ではどんな気持ちで走っているの?
彼女のこたえは、こうだった。

「だからこそ負けたくない、って思うんです」

彼女が目指すものは、まだまだ、もっともっと、先にある。


*****

スタンドにて

試合会場となったヤンマーフィールド長居は、隣にあるヤンマースタジアム長居よりも2回りほど小さな陸上競技場である。
この競技場のスタンドには、屋根というものがほとんどない。
晴れ渡る空から降り注ぐ陽光が、容赦なく肌を射す。



川見店主は日傘を持参していたが、スタンドの狭い客席で差すことは難しかった。

川見店主:
「しまったね。帽子が必要だったよね。でも私の帽子は、チビタくんにとられてしまったからね。」

そう、あれは確か2年前。
チビタくんは、川見店主の帽子をいたく気に入ってしまった。
その帽子の行方は、今となってはわからぬままだという。

川見店主が帽子をチビタくんにとられたのは2015年5月のことであった。そのブログはこちら


半袖シャツから出た腕が、みるみる赤くなっていく。
まずいな、日焼けしてしまうな、長袖のシャツにしてくればよかったな。
そう思って周りを見渡すと、元気な高校生男子がTシャツの袖を肩までまくりあげて、トラックに向かって懸命にチームメイトを応援している。

そうだよな。高校時代なんて、日焼けが肌に悪いとか、そんなことは考えたこともなかったもんな。

彼らの若さを思って微笑ましく見ていると、隣に座った男子が、何やらバッグから取り出して、体中に塗りたくりはじめた。

お、おい、それは、日焼け止めクリームじゃないか!

今どきの高校男子には感心する。
これから陸上競技場で試合を観戦する時は、帽子をかぶり、全身に日焼け止めクリームを塗りたくってのぞむことにいたします。

*****

以上、晴れ渡る空の下でみんなを応援し、めっちゃ日焼けした2017年大阪インターハイの話でした!

近畿大会進出を決めたみなさん(ここに紹介できなかった女子200mのTちゃんも、競歩のAちゃんも)、全国大会を目指してがんばってくださいねー!


2019年NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」に協力した話。



今から1年半くらい前の話。

2015年秋のある日の夕方。
その電話は東京からだった。
受話器の向こうの男性は、某テレビ局のドラマ番組制作部の者だと名乗った。

その人の話はこうだった。

ある番組の制作にあたり、マラソンのことを調べているうちに、金栗四三さんとハリマヤの関係を知った。さらに調べる中で、オリンピアサンワーズのブログを見つけ、非常に興味深く読んだ。金栗さんとハリマヤとの出会いが、その後、1964年の東京オリンピックや今のマラソン選手たちにどんな影響を及ぼしたのか興味が尽きない。できれば、ハリマヤに関する資料を拝見させてもらえないだろうか――。



川見店主はこたえた。

「わかりました。ぜひ素晴らしい番組を作ってほしいです。できることはなんでも協力します。」

「ありがとうございます。番組化できるように励みます。」

その後、川見店主は店に現存するハリマヤの資料を惜しみなくテレビ局へ送った。
その人からは、すぐにメールが届いた。

「素晴らしい資料の数々を拝見しました。想像していた様々な出来事が、現実のものとして目の前に浮かびあがってくるようでした。番組制作部では、金栗さんとハリマヤさんのことをさらに調べていこうと動き始めております。」

その後も、その人との連絡はつづいた。
その人から届くメールにはいつも、丁寧なお礼の言葉と共に、番組制作への思いが、熱く、綴られていた。


*****

2017年4月、ある日の午後。

Sさんと、Sさんのお母様が、ウォーキングシューズのフィッティングにご来店された。
Sさんご一家は、高校生の娘さんも中学生の息子さんも陸上競技選手、ダンナさんはマラソンでサブ3.5ランナーで、3年前からご家族みなさんのシューズをフィッティングさせていただいている。

この日は、川見店主がテレビ東京「開運!なんでも鑑定団」の番組収録から大阪に帰ってきた翌日だった。川見店主は、あの五輪メダリスト・君原健二さんのお宝を鑑定した興奮がまだ冷めていなかった。



気心知れたSさんと川見店主は、テレビ収録の裏話で会話が弾んだ。


Sさん:
「へー、また鑑定士で出演されるのですね!放送が楽しみです!」


川見店主:
「恥ずかしいです。テレビの収録は、いつも緊張して倒れそうなんですよ。」


Sさん:
「そんな風には見えないですけれど(笑)。あ、テレビで思い出しました。昨日のニュースで見たのですけど、2019年NHKの大河ドラマは、金栗四三さんのお話なんですってね。」

【金栗四三(1891-1983)】
日本人初のオリンピック選手。箱根駅伝や多くのマラソン大会実現に尽力、ランナーの高地トレーニングをいちはやく導入・実践するなど、生涯を通じて日本を代表する長距離走者を多く育成した。日本マラソン発展に尽くした功績から「日本マラソンの父」と称される。生涯に走った距離は25万キロ。また、女子体育の普及など近代日本の体育振興・発展の礎(いしずえ)を築くなど先見性に富んだ教育者でもあった。


川見店主:
「そうなんですか!知りませんでした。」


Sさん:
「金栗四三さんって、川見さんが『開運!なんでも鑑定団』に初めて出演した時に鑑定した、マラソンシューズの人ですよね?」

2012年、川見店主が鑑定した「金栗四三のマラソンシューズ」


川見店主:
「そうです。鑑定したのは金栗四三さんが履いていた『ハリマヤ』というメーカーのマラソンシューズです。今から100年ほど前に、金栗さんと『播磨屋(ハリマヤ)』という足袋屋さんから日本のランニングシューズの歴史がはじまりました。」


Sさん:
「そんなドラマがはじまったら、金栗さんやハリマヤのことで、また色々とテレビ局から問い合わせが来るかもしれませんね!」


川見店主:
「あ!そういえば、もう1年半くらい前に、NHKさんから電話がありました。金栗さんとハリマヤの歴史を教えてほしいって。それで色々と資料を送ったりしました。」


Sさん:
「じゃあ、もうすでに、ドラマの制作に関わってるんじゃないですか!」


川見店主:
「その時は、『1時間くらいの番組で紹介されるのかなー』って思ってました。それにもうずいぶんと前の話なので、すっかり忘れてました。まさか大河ドラマになるなんて!


――こんな会話のあった翌日。

NHKの"その人"Wさんから電話があった。

Wさん:
「ご連絡が遅くなり申し訳ありません。この度は大変にお世話になりました。やっと、番組が実現する運びとなり、先日、ドラマの制作発表を行いました。」



川見店主:
「存じあげております。ビックリしました。まさか大河ドラマのお話だったなんて!」


Wさん:
「大河ドラマとしては33年ぶりに近現代を舞台にします。時代劇と違って時代が近く、またオリンピックに関しては調べる資料も膨大にあるので、作家も脚本に苦労しています。」


川見店主:
「それだけにセットや道具の再現には、より緻密さが求められることでしょうね。うわー、大変そうですねー!」


Wさん:
「そのとおりです。ですから、これからもぜひともご協力をお願いします。」


川見店主:
「わかりました!私にできることはなんでもします!」


*****

つーわけで、2019年1月からはじまるNHK大河ドラマに「いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~」が決定です!

日本人で初めてオリンピックに出場したマラソン選手・金栗四三役に中村勘九郎さん、日本に初めてオリンピックを招致した田畑政治役に阿部サダヲさんのW主演!全50回の放送予定!

脚本は宮藤官九郎さん、主演は金栗四三役に中村勘九郎さん、田畑政治役に阿部サダヲさん

――いやー、楽しみですね、川見店主!大河ドラマですよ、大河!


川見店主:
「ビックリですね!100年前に日本のマラソンがどんな風にはじまったのか、1964年の東京オリンピックがどのようにして実現されたのか、それがドラマになるんだからワクワクしますね!」


――「日本マラソンの父」と称される金栗四三さんの生涯は、ユニークなエピソードに事欠きません。おもしろくならないわけがないと思います。


川見店主:「金栗さんは、初出場したオリンピックのマラソンを途中棄権したけど申告しなかったので、レース中に『消えたランナー』とされました。その後、『54年8カ月6日5時間32分20秒3』の年月を費やしてそのレースをゴールされた話が特に有名ですね。」


――金栗さんって、箱根駅伝の創始者なのですよね?


川見店主:「金栗さんは生涯を日本の長距離走者育成に懸けられた方です。その育成方法のひとつが駅伝でした。金栗さんが発案された箱根駅伝は、実は『アメリカ大陸横断駅伝』という途方もない大会を実現するための予選会としてはじまったのだそうですよ。」


――なんかもうエピソードのスケールが大きいですね。


川見店主:
「そのスケールの大きさは、金栗さんの情熱の大きさなのでしょうね。それに、箱根駅伝だって、今でこそテレビ中継もあって華やかに演出されてますけれど、当時は道路も舗装されてなかったのだから、走る選手も大会運営もそれはそれは大変だったと思います。」


――そんなこんなが、どんな風にドラマ化されるんでしょうね。


川見店主:
「日本マラソンの発展とオリンピックの実現に尽力されてきた方々の歴史が、立体的な映像として私たちの目の前に立ち現れるなんて、想像しただけでワクワクです。ホンットに楽しみです!」


――川見店主からNHKさんに「こんなところをドラマ化してほしい」っていうリクエストはありますか?(笑)


川見店主:
「私としては、ハリマヤの創業者である黒坂辛作(くろさか・しんさく)さんの功績にも光が当たってほしいと思います。金栗さんと黒坂さんの試行錯誤から誕生した『マラソン足袋』、その開発の苦労話とかもドラマに再現されたら、すごくおもしろいと思います!」

【黒坂辛作】
1903年、東京文京区に播磨屋足袋店創業。金栗四三は黒坂の作る足袋で1912年ストックホルムオリンピックのマラソンを走った。以来、黒坂と金栗は共にマラソンシューズの原点とも呼べる「マラソン足袋」を研究開発、このマラソン足袋は1950年代はじめ頃まで日本の歴代ランナーたちに長く愛用された。


――ドラマは、3つのオリンピック大会を話の中心とした3部構成で進むそうです。

第1部:1912年ストックホルム大会(金栗四三さんが日本人初のオリンピック選手として参加)
第2部:1936年ベルリン大会
第3部:1964年東京大会

人類が2つの世界大戦に直面した激動の時代を背景に、50年にわたる壮大な物語が展開されるとのことです。


川見店主:
「脚本は、あのクドカンさんなのでしょう?期待しちゃいますね!なにかお力になれたことがあるなら光栄です!」


――ここはぜひともですね、NHKさんにはドラマのオープニングで店の名前を出してほしいところですね。こう、ざっぱーん!ときて「オリンピアサンワーズ!」みたいな。



川見店主:
「まぁ、そこまでとは思ってませんけれども(笑)。」


――いやいや、このブログに書くことで既成事実にしておきたいと思います。「NHKさんに協力したぞ!」っていう(笑)。


川見店主:
「それはともかく(笑)、こんな機会は二度とないでしょうから、オリンピアサンワーズはこれからも『いだてん』のドラマ制作に全面的に協力します!そして2019年は『いだてん』を存分に楽しんで、来る2020年の東京オリンピックをみんなで盛り上げていきたいと思いまーす!」



今週のそっちからじゃない。

オリンピアサンワーズ・川見店主んちの居候(いそうろう)チビタくんが登場する「今週の~」シリーズ。
チビタくんは、この新ブログでは今回が初登場、旧ブログからは約1年ぶりの登場です。

チビタ
2003年生まれ。男。ねこじゃらし研究家。

*****


――さて、最近のチビタくんはいかがお過ごしなのでしょう?


川見店主:「あのね、この前ね、ランニングシューズが入ってた箱を使って、チビタくんに食卓を作ってあげたんです。」


――はい、食卓を、チビタくんのために。


川見店主:「自分で言うのもなんですけど、なかなかに工夫を凝らしました。その話、聞きたい?」


――まぁ、せっかくなんで。


川見店主:「じゃじゃーん!その食卓のポイントはこちらです!」



――箱の蓋(フタ)の部分を裏返しにしてるんですね。これが?


川見店主:「なんと、このフタがちょうど食卓の縁(ふち)を囲むので、ごはんやお水のお皿が落ちにゃいようになっているのだ!」




――へー!手前からお皿を押しても、向こうへ落ちないようになってるんですね。いいじゃないですか!


川見店主:「でね、チビタくーん!お食事の準備ができましたよー!って呼んだのですよ。そしたらさぁ。」




――あれ?


川見店主:そっちからじゃないっていう。」


――せっかくの落ちにゃい工夫が、完全に無視されてます。


川見店主:「だから、考えました。こうすればいいのではないかと。」



――なるほど!逆から食べられないように、壁にくっつけてしまうわけですね!

ん?
いや、待てよ……

こうしたら、そもそも、落ちにゃい工夫に関係なく、壁にさえぎられて落ちにゃいんじゃないですか?


川見店主:「そんなことはいいんです!そしたら、ほら!」



――はい、まぁ、こうなりますよね。


川見店主:大・成・功です!


――はぁ。


川見店主:「でもね、この食卓には、まだちょっと設計に問題があるんです。」


――といいますと。


川見店主:「高さが微妙みたいで。腰が浮いてます。」



――中途半端にキツイ体勢ですね。


川見店主:「この食卓の高さには、まだまだ改良の余地がありますね(キッパリ)。」


つーわけで、「落ちにゃい工夫」に関してはなかったことにする川見店主と、中腰で食事せざるを得ないチビタくんでありましたとさ。


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