【ハリマヤ】京都新聞に川見店主が載ったことと、「走れ25万キロ~金栗四三伝」の話を書いておく。



みなさん、こんにちは。

昨秋にヒットしたテレビドラマ「陸王」。
来年(2019)に放送予定のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」。

この2つのドラマの話題性から、マラソン足袋や、日本人初のオリンピック選手・金栗四三さんと、金栗さんのマラソン足袋を作りつづけた「播磨屋(はりまや)足袋店」創業者・黒坂辛作さんの歴史が、今、ふたたび脚光を浴びています。


川見店主の話、いろんな新聞に載る。

昨年(2017)末、川見店主は共同通信社から取材を受けました。
その時の記事が、今年の1月頃から、いろんな新聞に掲載されてるみたいです。

これは京都新聞に掲載された記事。京都に住む川見店主の知人から「あんた、今日の新聞に載ってるよ!!」と電話がかかってきた↓
4月12日付、京都新聞の夕刊。

写真嫌いの川見店主ですが、顔が出ちゃってます
「日本マラソンの父」金栗四三さんの写真と、ほぼ同じくらいの大きさで載っかる川見店主の堂々っぷりです。

川見店主の話はこんな感じで紹介されてます↓
ハリマヤはしかし91年ごろ、バブル期の多角化経営が災いして廃業に追い込まれた。大阪市内でランニングシューズの専門店を営む川見充子も学生時代に愛用した一人。ハリマヤ製品を10足以上、大切に保管している。
「モノも情報も乏しかった時代に、金栗さんと黒坂さんが心を一つにして金栗足袋を作られた。その伝統を受け継ぎ、足袋屋から始まったからこそできた、日本人の足形に合うシューズだった」
この記事は、京都新聞の他にも、
・北国新聞(石川)
・佐賀新聞、
・信濃毎日新聞(長野)
・愛媛新聞
・熊本日日新聞
・山陽新聞(岡山)
・西日本新聞(福岡)
の計8紙に掲載されたそうです。
これからも、掲載される新聞はもう少し増えるらしいです。

ちなみに、川見店主の「顔出し写真」が紹介されたのは、今のところ、この京都新聞だけだそう。
これから記事を掲載する新聞社のみなさま、せっかくなんで、川見店主の顔も出してあげてね!

記事を大きくしてみたよ↓
ハリマヤシューズを手に京都新聞に載る川見店主。


なぜ「NIPPON」なのか?

さて。

上の新聞記事に、1912年ストックホルム五輪の開会式で、プラカードを手に行進している金栗さんの写真があります。

このプラカード、よく見てほしいんです。
なんか、おかしくないですか?

NIPPON」って書かれてますよね?
「ニッポン」って、日本語じゃないですか。
世界大会なんですから、ほんとは英語表記の「JAPAN」のはずですよね?

事実、オリンピックで「NIPPON」のプラカードを掲げたのは、この大会だけだそうです。

では、なぜ、この大会では「NIPPON」になったのか?
その謎解きは、この本に書いてある↓
「走れ25万キロ~マラソンの父・金栗四三伝」
(長谷川孝道著、発行熊本日日新聞)

この本、幻の名著だったんですよ。

2012年の年末に川見店主が「開運!なんでも鑑定団」に出演して、金栗四三さんのハリマヤシューズを鑑定しました。
その時、当店のホームページに「ハリマヤ」の特集サイトを作りました。

嗚呼、ハリマヤのシューズ。
 嗚呼、ハリマヤのシューズ。


このサイトを作るのは、なかなか大変でした。
というのも、作成当時、ハリマヤに関する資料は、手元にあるもの以外には何もなかったのです。ハリマヤ創業者の「黒坂辛作」さんの名前をネットで検索しても、たどりつくのは当店のブログだけという(笑)状況でした。

それでも色々調べるうちに、1961年に出版されていたこの本「走れ25万キロ」の存在を知りました。
目次を見ると、黒坂さんとマラソン足袋に関する章も割いてあるようでした。
サイト作りに役立つ資料が、たくさん載っているにちがいない!
すっげー読みたい!

しっかーーーし!

この本はすでに絶版になっていて、どっかの図書館とかでしか閲覧できなかったんです。
涙をのんであきらめて、手元にある資料だけでハリマヤのサイトを完成させました。

しっかーーーーし!

昨年末に、今回の記事となった共同通信社さんの取材があった時、見たんですよ。
記者さんが、この本を手にもってるのを!
うわぁ、復刻版が出てるんじゃん!
さっそく買いました。
本の奥付を見ると、2013年、つまり、ハリマヤの特集サイトを作った直後に出版されてました。

一気に読みました。
めちゃめちゃおもしろい!
おもしろすぎて、繰り返して2回読みました。
金栗さんの波乱万丈の生涯に泣きました。
豪快で痛快なエピソードの数々に笑いました。
金栗さんの、日本のマラソンや体育振興に懸けた情熱と、成し遂げられた圧倒的な偉業の数々に胸打たれ、感動しました。
で、この中に「NIPPON」の謎も紹介されてます。
(この話も、笑ってしまいます)

読み終わって思ったのは、ハリマヤのサイト作りの時に、この本を読んでなくてよかったってことです。そのおかげで、川見店主は、想像力の翼を自由に羽ばたかせて「ハリマヤ」を語ることができたからです。

川見店主、ハリマヤを語る」↓


しかも、このサイトで川見店主が語っていることは、この本に書いある黒坂辛作さんの話と、おおむね一致していました。

来年(2019)のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」にも、黒坂さんと金栗さんとの、マラソン足袋開発の苦労が紹介されるはずです。
本当に楽しみです。




【ハリマヤ】金栗四三とハリマヤと東京都文京区の「縁(えにし)」。



みなさん、こんにちは。

昨秋にヒットしたテレビドラマ「陸王」。
来年(2019)に放送予定のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」。

この2つのドラマの話題性から、マラソン足袋や、日本人初のオリンピック選手・金栗四三さんと、金栗さんのマラソン足袋を作りつづけた「播磨屋(はりまや)足袋店」創業者・黒坂辛作さんの歴史が、今、ふたたび脚光を浴びています。

オリンピアサンワーズも、その影響を少なからず受けております。
ここ数年、伝説のランニングシューズメーカー「ハリマヤ」をめぐって、川見店主が取材を受けていろんなメディアに登場したり、思わぬ出来事に遭遇したりしてます。


・「いだてん」の制作に協力した↓ 


・集英社のWebスポルティーバに登場↓


・「陸王」の影響をモロに受ける↓


・西日本新聞に載る↓


・川見店主、歴史の証言者に出会う↓


ほんで、今回。

東京文京区に本社のあるクリーニング業界専門の新聞出版社「ゼンドラ株式会社」さんから、「100万人の女性のための生活情報誌・WOMAN’S GATE(ウーマンズ・ゲート)2018年春号」を送っていただきました。
これ↓
100万人の女性のための生活情報誌「ウーマンズ・ゲート」2018年春号

この新聞、クリーニング屋さんに置いてあるフリーペーパーだそうです。
女性を対象にした新聞だけに、紙面はカラフルな色使いで、キレイな女性たちの写真や、かわいいイラストがたくさん載ってます。

で、8ページある紙面の中で、どどーんと1ページを割いて、あきらかに異色なこんな記事が載ってるんです↓

題して「実際にあった!金栗四三を支え作られたマラソン用『金栗足袋』と、東京文京区の縁(えにし)
紙面1ページを割いてどーんと紹介。レイアウトかっこいい。

記事の前半は、金栗四三さんと黒坂辛作さんの歴史が紹介されてます。

記事の後半には、文京区の区長さんが登場し、インタビューにこたえてます。
なんで区長さんの話が、っていうと、「播磨屋足袋店」が創業された「大塚仲町」も、後のマラソンシューズメーカー「ハリマヤ」も、文京区にあったからです。

で、ここに載ってるハリマヤシューズの画像は、オリンピアサンワーズが提供しました。
これだよ!↓
提供した画像は、ハリマヤシューズ「カナグリ・ベガ」。

2020年の東京オリンピックに向けて、金栗四三さんが日本のマラソン界に残した数々の偉業と、黒坂辛作さんが創業した「ハリマヤ」の歴史は、もっともっと注目されることになるでしょう。

写真嫌いの川見店主も、ハリマヤに関する取材のためなら「顔出しも辞さない覚悟」でいるみたいです。

で、次回のブログは、川見店主の「顔がでちゃった」最近の新聞記事をご紹介する予定です。

お楽しみにねっ!




【関連記事】



【関連サイト】
当店のハリマヤ特設サイト↓



川見店主が「なんでも鑑定団」に出演した時の話↓



「足を強く、脚を美しく」する履き物、できました。



みなさん、こんにちは!

できました、できました!

新しい履き物のサイトができました!

「足を強く、美しく」する履き物、誕生しました!

この履き物が実現するまでのいきさつは、またブログでくわしく書きますけども、とにかく、今日は、このサイトを見ていただきとうございます。

リンクはこちら↓

ちなみに、この履き物を履くときの合言葉は、

「みんなでぐいぐいっ!」

です!

よろしくおねがいしまーす!

(端末のブラウザによっては、ちゃんと表示されない場合があるかもです。細かい動作確認はこれからですが、まぁ、見てやってくださいませ)

もうすぐ「新しい履き物」が生まれるのだ。


新しい「履き物」生まれます。

みなさん、こんにちは。

ブログの更新はずいぶんと久しぶりになりました。
えーっと、前回の更新は……うわっ、2か月も前ではないか!
つーわけで、みなさまお元気にされてますでしょうか?

さて、この2か月間、オリンピアサンワーズでは何をやってたんだって話ですが、川見店主が新しい「履き物」を生みだしたんですよ。
それをもうすぐ販売いたします。
で、その「新しい履き物」のサイトを、えっちらおっちら作成しておりました。

そして、もうすぐ、いよいよ、「新しい履き物」のサイトが完成いたします!
近日中に公開予定!

もうね、「新しい履き物」すごいですから。
うわ、こんなのやっちゃうんだ!って思いますから。
キーワードは

「リセット」

お楽しみにーーっつ!



【マラソン】2018年の京都マラソン、泉州国際マラソン、高知龍馬マラソンを走る人たちを応援してるぜよ。


マラソンシーズンは終盤戦に突入です。
今日のブログは、明日2/18(日)に開催の京都マラソン泉州国際マラソン高知龍馬マラソンに出場されるランナーのみなさんをご紹介!

*****

京都マラソンを走るひとたち

こちらで出場を把握してるみなさんとPB(自己ベスト記録)↓

・タダオさん(50代・男性・3時間24分)

昨年(2017)11/19の神戸マラソン3時間24分の自己ベスト更新、1週間後11/26の大阪マラソンでも3時間25分連続サブ3.5達成、今年1月の高槻ハーフ1時間32分の自己ベスト更新!とノリにのっているタダオさんが、初めての京都マラソンに参戦!
目指せ3時間15分切り!応援してまーす!
タダオさんは、こんな人↓
  

・シンスケさん(40代・男性・3時間26分)

ハーフマラソンを走るだけで膝がボロボロになるわ、爪が黒くなるわで走れなくなってたシンスケさん。その悩みが解決するならばと、当店に初めてご来店されたのは2015年7月。
その後のシンスケさんは、驚くほど走れるようになり、同年12月の奈良マラソン初フル挑戦4時間00分12秒の「あわやサブ4」で完走。
さらに、その翌年(2016)2月の姫路城マラソン3時間56分の激走で、はやくもサブ4を達成された――っていう話は、旧のブログ(当時は「NSさん」でご登場)に残ってます↓

・2015/07 シンスケさん初ご来店
・2015/12 レース用シューズをご用意
・2015/12 初フルで「あわや」サブ4
・2016/03 姫路城でサブ4達成

ほんで、今シーズンのシンスケさんは、まずは昨年(2017)11/26の大阪マラソン3時間46分の快走で自己ベスト更新!
12月には勝負シューズをフィッティング↓
2017年12月。レース用とトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。いずれも最上級インソールのゼロアムフィットを装着。

ほんで、ほんで、2018年が明けて2/4の木津川ハーフ1時間40分の自己ベスト更新!
ほんで、ほんで、ほんで、先週2/11の姫路城マラソンでは、ついに!ついに!3時間26分の大激走でサブ3.5達成!自己ベスト20分も更新!すっごい!
ナイスラン、ないすらん、ないすらーーん
(↑最大賛辞のないすらん3連発)

もちろん、これもやりましょー!いよっ!


姫路城マラソンを走り抜いたシンスケさんからは、喜びのメールが届いてます↓
11月の大阪マラソンの記録に気を良くし、本気でサブ3.5を目指して、インターバル、ビルドアップ、距離走など本を参考に、姫路城マラソンまでの約2ヶ月間、初めて真剣に練習を積みました。
いつもはカメラマンに写真を撮ってもらいたくて寄って行ったり、沿道の応援の人とハイタッチしたりしてましたが、今回はひたすらサブ3.5を目指して走りました。
寒さと時折雪が舞う、生憎の天気でしたが、20キロ手前まではペースメーカーについて行き、その後は行けるところまで行ってしまおうと頑張って走りました。
幸い最後までペースは落ちず、3時間26分18秒でフィニッシュ出来、無事サブ3.5を達成しました。
来週の京都マラソンはどうなるか全く分かりませんが、初めての2週連続フルマラソン、頑張ってきます!
2月に入ってから毎週レースのシンスケさん。3/4には淀川寛平マラソンもひかえてます。どうかご無理をされませんように、ご健闘をお祈りいたしまーす!



・N藤さん(女性・3時間50分)

N藤さんは、2010年秋にはじめてのご来店。その時フィッティングしたランニングシューズで、2か月後に出場したフルマラソンを初めて「歩かずに」完走、しかも記録が3時間50分サブ4達成しちゃったっていう、トンデモな人です。

それからのN藤さんは、毎シーズン、サブ4で走りつづけ、ウルトラマラソンにも挑戦し、自分が出場できない大会はボランティアで参加して、充実のランナー人生を存分に楽しんでおられました。

でも、昨年(2017)、N藤さんは、体調を崩してしまった。夏からは、まったく練習ができなくなった。12月、奈良マラソンの3日前にランニングシューズをフィッティングした時、川見店主はレースの出場を反対した。N藤さんは、とにかくスタートラインに立つと決めていた。
3日後、N藤さんは、新しいランニングシューズで平城の都を駆けた。
そして、4時間57分で、無事にフィニッシュラインにたどり着いた。
2017年12月、フィッティングしたランニングシューズと、奈良マラソン完走メダル。

N藤さんは復活した。
今年1/28の大阪ハーフマラソンは、1時間52分の激走!
走る喜び炸裂のN藤さん↓
沿道で応援する川見店主と「わー!きゃー!」ってなるN藤さん@大阪ハーフ2018

N藤さんからもメールが届いてます↓
川見さまからのハンドパワー効果で、大阪ハーフはこの3年間の中で一番いいタイムでした。何よりも最後までペースを落とさず走ることができたことが収穫です。
ようやく健康になってきました。
次の京都マラソンは、前の奈良マラソンのような修行ウォーキングにならないように、コツコツマイペースで納得のできるレース展開になれるよう頑張ります。
N藤さんも、どうかご無理をされませんように、応援してしまーす!



・Y1Rさん(30代・男性・4時間00分40秒)

サブ4達成まで、あとわずか41秒!
愛知県が誇る「ほぼほぼサブ4ランナー」Y1Rさんも、京都に参戦!
昨年(2017)夏に書いた、Y1Rさんをご紹介したブログ記事は人気でした↓

この記事でも触れている、奥様の承諾を得られるかどうかで出場が危ぶまれていた8月の北海道マラソンの話。どうなったかというと、

Yさん:「8月のマラソンは北海道に行くから」
奥様:「あ~ん?(北海道まで行くだと~)」
Yさん:「お、おみやげ、なにがいい?」
奥様:「おみやげは……」

っていう風に、「北海道に行くこと前提で、みやげ話にもっていく」という、新たな戦法で危機を乗り越え無事に参戦、4時間16分49秒で完走されました。
ってことは、4時間17分切りなので、Y1Rさん方式では「サブ4.283333……」ですね。

※「Y1Rさん方式」
フルマラソンのタイムを「サブ3」「サブ3.5」「サブ4」よりも細かく刻んで計算して、どんなタイムでも「サブ○」と表示する方式。本人のさじ加減でいくらでも細かく時間を刻め、誰でも「サブ○達成!」と自慢できる。
Y1Rさん方式でのタイム表示。これであなたもサブ〇ランナーに!

Y1Rさんは、昨年12月にもご来店。2足のランニングシューズをフィッティング↓
レース用とトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。いずれも最上級インソール・ゼロアムフィットを装着。

これからのY1Rさんは、3/4静岡、3/11名古屋ハーフ、3/25徳島、とレースが続きます。
今年こそ、晴れてサブ4達成なるか!
Y1Rさん、ご健闘をお祈りいたしまーす!

*****


泉州国際マラソンを走る人たち

・もりもっちゃん(30代・男性・2時間34分

2015年2月1日、別府大分マラソン
彼は足をひきずって完走した。
最後の10kmには80分もかかった。
記録は3時間16分だった。
フルマラソンを走れば2時間30分台の記録をたたきだす彼にとって、3時間以上かかるレースは意味がないはずだった。いつもなら「捨てた」であろう42.195kmのレースで、なぜ、彼は走るのをやめなかったのか?
その理由↓
・2015/04 彼はなぜ走るのをやめなかったのか?

あれから3年。
孤高の社会人ランナー・もりもっちゃんが、マラソンロードに帰ってくるぜ!
先週にフィッティングしたのは、こちらのシューズたち↓
レース用のマラソンシューズと、スピードトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。いずれも最上級インソール・ゼロアムフィットを装着。

百戦錬磨のもりもっちゃんである。
今シーズンの調子は「まずまず」だと言うことだ。
3年ぶりの42.195kmは、もりもっちゃんに、どんな景色を見せるのだろう?
ご健闘をお祈りいたしまーす!


・K谷さん(60代・男性・3時間20分)

60代にして、サブ3.5を連発してるK谷さんは、こんな人↓

今シーズンのK谷さんは、絶好調!↓

・2017/11 神戸 3時間23分
・2017/11 大阪 3時間25分
・2017/12 那覇 3時間31分
・2018/01 大阪ハーフ 1時間36分

残るレースは、この泉州国際と、3/4の篠山マラソン
K谷さん、いいシーズンをしめくくってくださいね!応援してまーす!
余裕の走りを見せるK谷さん@大阪ハーフ2018

*****


高知龍馬マラソンを走るひとたち

・マミさん(女性・4時間58分)

マミさんが初めてご来店されたのは、2012年夏。内反小趾(ないはんしょうし)で走ると足が痛くなったり、膝が痛くなったりでお悩みでした。

しかーーーし!

当店でシューズをフィッティングされた4か月後には大阪マラソンで初フル挑戦、5時間40分で無事に完走!
以来、毎年1回のフルマラソンに挑戦できるまでに、足のお悩みは解消!2014年の大阪マラソンでは、4時間58分の力走でサブ5も達成されてます。

昨年(2017)は10月にご来店。2足のランニングシューズのフィッティング↓
2017年10月、レース用とトレーニング用のランニングシューズをフィッティング。いずれも最上級インソール・ゼロアムフィットを装着。

今回の高知龍馬マラソンは、

マミさん:「弟と勝負することになってます(笑)」

だそうですよ。
まっこと、走るぜよ。弟よ、勝負しちゃるきにー。
ご健闘をお祈りいたしまーす!


・レイコさん(女性・5時間05分)

レイコさん(女性)の初フル挑戦は、2011年の第1回神戸マラソン5時間49分の完走。これが「想像以上にツラかった」ので、それからは「マラソンを応援する側」にまわってみた。

けれど、応援してると、やっぱり走りたくなって、2015年の神戸マラソンにふたたび出場。「仕事忙しくて、なにも練習できなかった」ので、当然ながらレース途中にカラダはボロボロに。40kmで「もうリタイアしよう」と救護にかけこむも「ゴールまでもうちょっとだから、がんばりなさい」と放り出された。足底筋膜炎で足の裏はジンジン痛いし、足の指は血豆でズキズキ痛いし、歩きに歩いて6時間28分で「完歩」。

さすがに「フルマラソンはもういいや」と思って、ふたたび「応援する側」にまわってみたが、またまた走りたくなって、昨年秋に初めてのご来店。2足のランニングシューズをフィッティング↓
レイコさんは、2か月かけて2足のランニングシューズをフィッティング。上がゆっくり走る用、下がレース本番用。いずれも最上級インソール・ゼロアムフィットを装着。

で、初ご来店から2か月後、11/19の神戸マラソン5時間5分の自己ベスト大幅更新で無事に完走されました!ないすらーん!

そして、明日の高知県でのレースは、レイコさんの地元だそうです。
旧友たちが待っています。
レイコさんの颯爽と走る姿を見せつけてやるきにー!
ご健闘をお祈りいたしまーす!


・KYさん(男性・初フル)

KYさんは、昨年、とある自転車競技で「日本一」に輝いた、どえらい選手です。
自転車競技やってる人で、知らない人はいない、くらいの存在です。

そんなKYさんが、なんでフルマラソンを走るのかっていうと、スポンサーさんから大会に招待されたんですって。
初めてのご来店は、昨年秋。普段、自転車には乗り過ぎるくらいに乗ってるけれども、自分の足で走ることは、あまりない。どうしたらいいかと職場の上司に相談したら、オリンピアサンワーズを紹介されたってお話でした。

ほんで、フィッティングしたのがこちらのランニングシューズ↓
2017年秋にフィッティング。最上級インソールのゼロアムフィットを装着。

KYさんは、昨年末にもふたたびご来店。
その時の会話。

川見店主:「その後、調子はどうですか?」

KYさん:「自分の足で走るって、大変ですね。自転車に乗ってる時と、使う筋肉が全然違います」

川見店主:「KYさんは自転車競技の有名選手なんですから、大会は自転車に乗って伴走しながら応援してあげたら、ランナーたちはすごく喜ぶと思いますよ」

KYさん:「でも、ランナーで招待された以上、自分で走らないわけにはいかないみたいです(笑)」

ああ、KHさん、どうか初フルマラソン無事の完走を!

*****

つーわけで、明日の京都マラソン高知龍馬マラソンはAM9時、泉州国際マラソンはAM10時30分スタート!
晴天と、みなさまのご無事とご健闘を、深く深くお祈りいたします!
まっこと応援してるぜよ!





【関連サイト】

【ハリマヤ】『陸王』がつないだ100年のドラマ~語りつづける者がいるかぎり、襷(たすき)は…。

ハリマヤのシューズバッグとスパイクシューズ

【2017年】100年のドラマが動き出す。

川見店主は、知らなかった。
その人物の本当の名前すらも知らなかった。
だから、会えるとも思っていなかったし、会いたいという願望もなかった。

しかし、川見店主こそが、その人物に会わなければならなかった。

事態は「向こう」からやってきた。
2017年11月某日。
オリンピアサンワーズにかかってきた1本の電話は、まさしく、その人物からだった。

『陸王』がつないだ、100年のドラマが動き出す。

*****

【1912年】播磨屋(はりまや)のマラソン足袋

日本のランニングシューズの歴史は、「播磨屋(はりまや)」という足袋屋からはじまっている。

播磨屋は、1903年に東京大塚に創業された。
創業者は黒坂辛作(くろさか・しんさく)。
【黒坂辛作】
播磨屋足袋店創業者

当時、播磨屋の近くにあった東京高等師範学校の学生たちが、この店の足袋を愛用していた。その学生のなかに、金栗四三(かなくり・しそう)がいた。

1912年、金栗は日本人で初めてオリンピック(ストックホルム大会)に出場、播磨屋の足袋を履いてマラソンを走った。
オリンピックに惨敗した金栗は、その後、箱根駅伝をはじめ多くのマラソン大会を実現するなど、長距離ランナーの育成に生涯を懸けた。そして、黒坂とともに、日本人が世界で戦うための「マラソン足袋」を共同開発しつづけた。
1936年のベルリン五輪では、マラソン日本代表の孫基禎(ソン・ギジョン)選手が「マラソン足袋」で走り抜き優勝。播磨屋は、ついに世界を制した。

日本にマラソンを確立したのは、金栗四三だった。
その時代を足元で支えたのは、播磨屋の「マラソン足袋」だった。
戦後を迎えるまで、日本の長距離選手は「マラソン足袋」で走るのが主流だった。
【金栗四三(1891-1983)】
日本人初のオリンピック選手。箱根駅伝の創始者。「日本マラソンの父」と称される。

やがて、播磨屋は、日本を代表するランニングシューズ・メーカー「ハリマヤ」へと発展を遂げる。国内の工場で、職人たちが熟練した技術で作り上げるハリマヤのシューズは、日本人の足によく合い、多くの陸上競技選手やランナーたちに愛好された。


【1972年】オリンピアサンワーズとハリマヤ

金栗四三がストックホルム五輪に出場し、日本マラソンの黎明を告げた1912年から、さらに60年後の、1972年頃の話。
東京のハリマヤ本社に、ひとりの女性が現金を片手にシューズの買い付けにやってきた。
女性の名は上田喜代子(うえだ・きよこ)。
【上田喜代子(1924-1986)】
オリンピアサンワーズ創業者

上田は、1960年頃に「陸上競技専門店オリンピアサンワーズ」を大阪天王寺に創業。いまだ商品も情報も豊かでない時代にあって、上田は、良質な競技用シューズを探し求めて東奔西走していた。店に来る学生たちにも情報収集を頼んだ。

「全国大会へ行ったら、他の選手たちがどんなシューズを履いてるかよく見てきて!」

ある日、遠征から帰ってきた学生が、上田にハリマヤの存在を教えた。
上田は、ハリマヤのシューズを見て、その技術に惚れ込んだ。
人脈を探し、たどり、東京へと向かった。
ハリマヤの社長と直談判し、ついに契約をとりつけた。
こうして上田は、関西ではじめて、ハリマヤのシューズの流通・販売にこぎつけた。

「あの店に行けば、ハリマヤのシューズが手に入るぞ!」

評判は瞬く間にひろがった。ハリマヤを求める陸上競技者たちが、関西中からやってきた。店は、若者たちで連日にぎわった。
1970年代当時のハリマヤのカタログ。

【1990年】消えたハリマヤと、残したハリマヤ

1986年2月。
上田喜代子はこの世を去った。
オリンピアサンワーズは、上田をよく慕(した)っていた客のひとり、川見充子(かわみ・あつこ)が、二代目店主となり店を継いだ。

川見店主もまた、ハリマヤのシューズを高く評価していた。
店を継いで間もない頃、川見店主は、ハリマヤのシューズを眺めていて、他メーカーにはない技術に気がついた。

「なるほど、これが、ハリマヤのシューズが日本人の足に合う理由なのか!」

この発見は、今も、川見店主が「シューズの良し悪し」を判断する時の基準となっている。

1990年頃、業界に不穏な噂が流れた。
ハリマヤの経営が危ないという。
当然ながら、多くのスポーツ店は、急いでハリマヤの商品を返品した。
川見店主は、むしろ、商品を確保した。
それを知った、あるスポーツ代理店の営業マンは驚いて忠告した。

「川見さん、倒産するメーカーの商品集めて、なにしてはるんですか!」

川見店主はこたえた。

「だって、返品したら、ハリマヤがこの世からなくなるじゃないですか」

「何言うてはるんですか、こんなん置いといて、どないするんですか?売るんですか?」

「売りません、ハリマヤの技術を残すんです

「もう言うてはること、わけわかりませんわ」

ハリマヤは、「平成」のはじまりとともに姿を消した。
残された十数足のハリマヤのシューズは、そのまま、オリンピアサンワーズに眠った。


【2016年】「陸王」と「ハリマヤ」

2016年夏、作家・池井戸潤の小説『陸王』が出版された。
業績悪化に苦しむ老舗の足袋屋が、起死回生の事業計画としてランニングシューズの開発に挑む――という物語は、2017年秋にはテレビドラマ化もされ話題となった。

『陸王』の舞台は「現代」だが、その内容は「ハリマヤ」を想起させた。
かつては「マラソン足袋」で世界を制したほどのハリマヤが、なぜ忽然(こつぜん)と姿を消してしまったのか?
出版元の集英社は、小説の発売を機に、ハリマヤの歴史を発掘すべく調査に乗り出した。その成果は、スポーツ誌「スポルティーバ」のWebサイトにて、「消えたハリマヤシューズを探して」と題した、5回にわたる連載記事として実を結んだ。

さて。

ある男性が、この連載記事を読んだ。
そこに書かれてある内容は、誰よりも知り過ぎるほどに知っていた。

気になったのは、連載5回目の記事だった。

この記事は、ある女性の写真と共に、こんな文章でしめくくられている。
倒産時の混乱で四散したであろうハリマヤシューズの木型の行方は、今となっては知るすべもない。しかし黒坂辛作が改良に改良を重ねて作ったマラソン足袋の精神は、今なお川見のなかにしっかりと引き継がれていた。
男性は、記事の中にある、店と、店主の名前を何度も確認した。

オリンピアサンワーズ
川見充子

その店の名前には記憶があった。
そうか、あの店は、まだつづいていたのか。
その店の、女店主のことも覚えている。
なかなかに豪快な女性だった。
大阪から東京まで、現金を持ってシューズを買い付けにきたものだ。
ただ、記憶にある女店主の名前は「川見」ではなかった。
ということは、この記事の女性が、あの女店主から店を継いだのだろうか?

男性は、その店の連絡先を調べ、電話をかけた。


【2017年】川見店主は、会わなければならなかった。

電話を受けた川見店主は驚いた。
その男性は、会って話がしたいという。
男性は東京に在住する。
川見店主は、急な話に戸惑った。
しかし、次の瞬間、何かがつながった。
実は、この数日後、テレビ番組の収録のために、東京へ行くことになっていたのだ。

偶然にせよ、必然にせよ、舞台は自(おの)ずと整っていた。
川見店主「こそ」が、その人物に会わなければ「ならなかった」のだ。

導かれるように東京へ向かった。
番組収録の翌日、日曜日の昼下がり。
都内某所のカフェで待ち合わせた。
男性が現れた。
その人は言った。

「あなたが、川見さんですね」

川見店主はこたえた。

「はい、そうです。上田喜代子からオリンピアサンワーズを継いだ者です」

「そうですか。あの人から継いだのなら、ずいぶんと大変だったでしょう」

そう言って、その人、「ハリマヤ最後の社長」Y氏は笑った。


【2018年】ロゴマークに隠された意味

東京で、Y氏は川見店主に何を語ったのか?
その内容をここに書くことはできない。

ただ、川見店主は、帰阪後に、ある記者に連絡を入れた。
2年前、ハリマヤの歴史を追い、スポルティーバの連載記事を書いたその記者は、Y氏を探していたのだ。

襷(たすき)は、記者に渡された。
またひとつ、歴史が呼び起こされた。
そして、新しい記事が生まれた。

ブログの冒頭に掲載した、ハリマヤのシューズバッグとスパイクシューズの写真は、この記事のためにオリンピアサンワーズの店内で撮影し、スポルティーバに提供したものだ。
ハリマヤの「ロゴマーク」に注目してほしい。
そして、スポルティーバの記事を読んでほしい。
この「ロゴマーク」こそが、今回の記事の「画竜点睛(がりょうてんせい)」だった。

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【2019年】語りつづける者がいるかぎり、襷(たすき)は、

ハリマヤは、「平成」のはじまりとともに姿を消した。
しかし、「平成」が終わる「30年」の今、我々は、こうしてハリマヤを語っている。
さらに、来年の2019年。
平成から「新しい元号」に変わるその時に、NHKで放送されているはずの大河ドラマ『いだてん~オリムピック噺(ばなし)』は、金栗四三が主人公だ。播磨屋足袋店の黒坂辛作も登場するという。
100年前にはじまった、金栗四三と黒坂辛作の物語は、今もつづいている。
川見店主が残したハリマヤのシューズたちは、今もオリンピアサンワーズに展示され、店にやってくる陸上競技選手やランナーたちを見守っている。
走りつづける者がいるかぎり、語りつづける者がいるかぎり、襷(たすき)はつながっていく。

川見店主が残したハリマヤのシューズは、今も大事に保存されている

(おわりです)

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当店のハリマヤ特設サイト↓



川見店主が「なんでも鑑定団」に出演した時の話↓